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傷跡 3-5

夕人はふと、目を覚ました。 窓から見える景色は薄暗く、今が夕暮れなのか、明け方なのか…時間の感覚が全くない。 ふと、個室のドアの外、病棟の廊下から、父と母の話す声が聞こえた。 そこには、夕人の通っていたxxゼミナールの、塾長を名乗る年配男性、横には秘書の若い男性が立っていた。 「この度は,息子さんに大変なことをーー…なんと、お詫びしていいか……」 頭を深々と下げる塾長と秘書。秘書は紙袋に入った菓子折りを、夕人の父に手渡そうとした。 夕人の父は、表情一つ変えず、菓子折りを受け取ろうとはしない。 怒りに震えながら口を開いた。 「謝罪は結構です。 妻が電話で相談した後、そちらがもっと然るべき対応をしてくださってたら、こんなことは起きなかったんではないですか。 せっかく通学の曜日も変えて、できるだけ、事を大きくしないようにとお願いしていたはずですよね?どうして、息子が担当クラスを変えた本当の理由を風間(やつ)に話したりしたんですか。 それになぜ、風間(あいつ)は、うちの住所を知っていたんですか?勝手に個人情報の名簿を見たりしたんじゃないですか? もう少しプライバシーを配慮した対応がされていれば…未成年の生徒を預かる身として、そちらにも責任がおありとは思いませんか」 「………」 父が話し続ける。冷静に、淡々と。その様子から、言い表せない怒りが伝わってくる。 「謝罪は結構です、息子にも会っていただかなくて結構ですから、お帰りください。」 「ーー…わかりました……」 秘書の男性は紙袋を下げて、うつむいた。 その時。終始不服そうな顔をして黙っていた塾長が、口を開いた。 「一言、いいですか。 確かにね、こちらとしても申し訳ないことをしたと思いますよ。ですが、一番悪いのは風間ですよ?そこは勘違いしないでいただきたい。 それに……もし仮に、私たちが、息子さんのクラス替えをひた隠しにしていたって、今回の事件が起きなかったとは限らないでしょう。」   「ーーー何だって………?」 「………言わせてもらいますけどね。 綺麗な顔した、おたくの息子さん。息子さんが(たぶら)かしたんじゃないの、風間のこと。 風間の車に乗って、家まで送ってもらってたって話じゃない。警戒心が足りなさ過ぎでしょう。 ………実は、満更でもなかったんじゃ?」 ベッドの上で話を聞いていた夕人は、震え始めた。 まるで、身体中が、氷のように冷たくなっていくような感覚。 ーーーーえ………? これ……俺のこと、言ってるの? (たぶら)かした……?俺が、風間さんのことを? なんだよ、それ………… 「こっちもね、今回のことでははっきり言って迷惑しかかけられてませんからね。 塾の評判は落ちるし、この件のせいで生徒さん一気に辞めちゃって、大損害なんですよ。 ほんと責任とってもらいたいのはこっちの方です」 「ーーー貴様……っ!なんて事をっ!!」 「あ、あなた!やめてくださいっ!」 父の、聞いたことのない怒りの声。 母の泣きそうな声で父を制止する姿。 病院の廊下に響き渡る喧騒に、夕人は、両手で耳を押さえたーーー。 もう嫌だ。何も聞きたくない。 もう、何もしなくていい。 もう、誰も、信じないーーーー…

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