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傷跡 4-2
速生は頭上にある電子掲示板に表示された時刻表を確認した。
「あのさ、来た時と同じように駅から出てバスで戻るより、もうすぐ来るこっちの△△駅行きの電車に乗って帰った方が、早いし楽だと思うんだ。
駅までは俺の母さんに車で来てもらってもいいし、タクシーでも何でも使って帰ればいいから」
少し前まで呼吸が荒くなっていたせいか、夕人はまだ足元が少しふらついていた。
「大丈夫、俺も、一緒に乗るから。怖くなったら、その時はほら、おんぶか抱っこ、な?」
「………ははっ………しつこい」
夕人の久しぶりに見せた笑顔に速生は安心して、その言葉を電車に乗って帰ることへのYESの返事と捉えた。
『ーー番ホーム、11時50分、△△線△△行きの列車がまもなく到着いたしますーー』
夕人たちが卒業パーティーへ向かうのと反対方面の電車が、ホームに到着する。
電車のドアが開き、2人は乗り込んだ。
休日であることと、なにかタイミングもあったのか、車内はわりと混雑していた。座席は満員、立っているだけでも他の乗客と密着しそうな程の圧迫感。
(よりによって、満員かよーー…)
速生はすぐさまドアの手前横のスペースに夕人の腕を引いて、自分はその前に、夕人の前に覆い被さるような形で、とりあえず場所を確保した。
『間も無く発車しますーーー…閉まるドアにご注意をーー…』
小声で速生が夕人に問いかける。
「……大丈夫か?苦しくない?」
「…………うん…大丈夫…」
そう言いつつも、夕人の身体は、小さく震えていた。
トラウマの残るホームからやっと離れられても、今度は普段乗り慣れてない満員電車。
(そりゃ、怖いよな。
ーーー夕人、ごめんな。もう少しの我慢だから…)
震えながらも、夕人は俯いていた顔を上げた。
すぐ側、目の前には速生の首元。
車内は混雑しているのに夕人がそんなに圧迫感を感じなかったのは、速生が、右腕を電車の壁について、夕人が少しでも楽に乗っていられるようスペースを確保してくれているからだとわかった。
電車が動き出す。
揺れた車内に保っていた重心がずれ、夕人の顔が、速生の体にいっそう近づいた。
夕人の吐息が首元にかかり、速生は慌てて身体を少し仰け反った。
「あっ、その……俺、汗臭いかも……ごめん」
夕人は黙ったままふるふる、と首を横に振る。
なんだか気まずいような、照れ臭いような……複雑な思いをどうにかかき消そうと、速生は周りをチラチラと見る。
『ガタンガタン……ガタンゴトン…』
夕人の頭をツンと指で合図する。
「?」
夕人が見上げると、速生は小さな声で耳打ちした。
「な、隣のおじさん、見て。紺色のスーツのズボン………」
夕人はその言葉に、速生の体越しに吊り革を持った中年男性のズボンに目をやった。
「…………ファスナー、全開」
夕人がその言葉にふっ、と思わず笑うと、速生もそれを見て、ふふ、と笑った。
「………大丈夫そう?」
気づくと、震えが止まっている。驚くくらい緊張が和らいでいるのが、自分でもわかった。
「うん………」
速生のその優しさが、気遣いが、想いが嬉しくて。
また、涙ぐみそうになるのを夕人は堪えた。
行き場の無い感情に、頬に触れそうな速生の胸元のシャツを思わずぎゅ、と握りしめた。
「………………」
(んだよ…夕人、めっちゃいい匂いすんじゃん……)
こちらの速生もまた、言葉に表せられない感情に少し動揺していた。
(香水つけてんのかな?いやいや、それはない…たぶん…じゃ、シャンプー?ワックス?もしかして、柔軟剤……
いやこれはまさか体臭…って俺は何考えて……冷静になれ!)
ただ目の前で、自分の腕に包まれた、小動物のように縮こまる夕人を、守って、安心させてあげないと。
『ーー次はーー、△△駅、△△駅ですーーー。お降りのお客様はーー』
そんな事を考えていると、目的の駅のが近づいたことを知らせるアナウンスが流れた。
「夕人、次、降りるぞ。ーー大丈夫か?」
「ーーー………うん」
夕人は頷いた。
速生の顔を、なぜか見ることが出来ず、俯いて、静かに黙ったまま。
ーーー顔が、やけに火照って熱い………。
少し蒸し暑さを感じる満員電車の中。
頬が赤らいでしまうのは、果たしてその熱気だけが理由なのか……夕人本人にもわからず、ただ、電車が目的の駅に停まるのを、複雑な思いで待っていたーーーー。
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