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道標 1-3
ーーー……
ちょうどその頃……朝練を終えて体育館からクラスの教室へ移動していた速生と伊勢。
「あー、いい汗かいたな。…あれ?玖賀、あそこ歩いてんの、相模くんじゃね?ほら……」
「………えっ、マジで?」
伊勢の言葉に、速生は廊下の窓から下を覗く。
(……夕人、ちゃんと来たな。
良かった〜……ん?あれ?誰かと一緒に歩いてる……?)
「ーーあの横にいるのって、三年の瀬戸さんって人じゃねぇの?あの背高いの。
たしか、”美術部の天才”って言われてる……」
「ーーーは?なんだよそれ。天才??誰が?
何、そいつ誰?」
「いやお前…三年の先輩に向かってそいつ誰はないんじゃ」
速生は伊勢の言葉に窓から身を乗り出す勢いで、並んで歩く二人を凝視する。
(ふん、俺の視力を舐めんなよ。
ここからなら夕人のチャーミングな仏頂面も丸見えだぜ……って、えっ……なんか笑ってる?そんな、まさか、あの夕人が………?
何話してんだ?)
会話内容はわからないが、あの他人に塩対応がデフォルトの夕人が、自分以外の誰かと、話しながら登校しているなんて……。
(しかも最後、あれ絶対笑ってたよな!?
ゆ、夕人ーーーー!!)
例えようの無い感情に胸がもやもやとして、速生は、
「ーーー俺、ジュース買ってくる」
とだけ言い残してスタスタと自販機へ1人歩いて行った。
「玖賀………ジェラシーのオーラがぷんぷん出てるぞ……。少しは隠せよ、怖いぞ…」
伊勢は、相模くんも大変だな。と一言ぼそっと呟いた。
「相模くんっ!おはよう〜!」
「………おはよー」
夕人が見知らぬ女子たちからきゃあきゃあ言われながら、1年の校舎の階段廊下を歩いて上がっていた時だった。
ーーーピトッ
「うおわっ!!つめたぁっ!!」
突然後ろから両頬に缶ジュースを引っ付けられて、冷たさと驚きのあまり夕人は飛び上がった。
すぐさま後ろを振り返ると、缶ジュース2本を手に持った速生の姿が。
「ーーー速生お前っ…本気でビックリするだろ!いきなり何すんだよ!」
「……やる。好きなの選んで、どっち?」
速生は真顔で一言。
「えっ?あぁ、あ、ありがとう……って、ポカリとアクエリアス……?え、ど、どっちもそんな変わらないんだけど……。
あ、じゃあポカリで……」
「あの、さ……夕人………」
速生が何か言いたそうな顔で見つめても、夕人にはまったく伝わらない。
「え?なに?あ、さては英語のノートだろ?
仕方ないな、ほら、写すなら先持って行く?」
「………そんなんじゃねぇって」
「…………え?」
ーーー速生、なんか怒ってる?あれ、俺、何かした………?
「ど、どうした?速生?」
「………………っ」
(ああああぁーー俺のアホバカクソバカアホ!
夕人にこんな態度とってどうすんだよ!
そうだ、あの時のあれはきっと……多分三年のなんか美術のすごいやつが、
『相模くんって絵上手だね〜♪』的な感じで、
夕人が
『あっそれはどうもー⭐︎』的な、それ系のやり取りしてただけだ!そうに違いない!)
速生はふと我に帰り、頭をぶんぶん横に振った。
「なーんちゃって!てへっ。じゃあ遠慮なく英語のノート借りて行………
……!」
速生は夕人の顔を見て驚き思わず動きが止まった。
夕人が、今にも泣き出しそうな、とても悲しそうな……切ない瞳で速生を見つめていたからだ。
「あの、俺…………速生、何か、気に障ることしたかな…」
夕人は、とても戸惑っていた。
初めて目にした、速生の少し怒ったような表情と声に、自分の一体なにが悪かったのかーー…疑っても何も思い浮かばなくて。
「あわわ……ななななに言ってんだよ!!なにもしてねぇよ!なにもされてねぇし!いやしてほしいわけではなくて、その……、
いやごめんっあの、夕人!違うんだ!勘違い!
俺の勘違いだから!」
「なにが勘違いなんだよ?」
「いやぁあははは、その、ちょっと、お腹痛くて!あ、アクエリアス飲んだら治るかも!
な?夕人一緒に飲もう?」
(ダメだ、言ってること支離滅裂だーー……)
「……んだよ、速生、意味わかんねぇ。
もういいし。1人で飲めば?」
夕人はそう言うと思いっきりフン!と顔をそっぽに向けて、足早に歩いて行く。
(あー…もう、めっちゃ怒らせたーー…何やってんだ、俺ーーー)
本当は一番よく分かっていた。
この思いは、腹立たしさは……
夕人へ対する、独占欲、妬視、焦燥ーーーー。
完全に俺の自分勝手な思いからくる、ただの嫉妬心だと。
そんなことでこんな変な態度をとって怒らせて、一体何になるって言うんだよー………
速生が下を俯いて後悔の念に駆られていたその時。
ーーピトッ
「うえあ冷た!!」
顔を上げると、ムスッとした顔の夕人が、りんごジュースのペットボトルを速生の首元にひっつけていた。
「………お腹痛いんだったら、りんごジュースのがいいと思うけど?これ飲んで、機嫌直せよ」
(ーーわざわざ自販機に買いに行って戻ってきたのか?)
「夕人………」
「フンッ!言っとくけど、もう英語ノートは貸さないからな、自分でなんとかしろよ?」
「んん……わかった、ありがとう、夕人…」
(なんでそんな、優しいんだよ………)
ーーーなぁ夕人。
なんで、君は、こうも俺の心をかき乱すの?
君と、二人でいると。
楽しくて、嬉しくて。何だって面白くて。
いつだって、心が躍って。
何だってできるような気がしてくるほどに。
その分。
はらはら、ずきずきと。
時にはきゅうっと締め付けられるように胸が痛んで。
こんなの、生まれて初めてなんだ。
今までずっと……
誰と一緒にいても、こんなふうに思ったことなんて、なかった。
もっとたくさん、
笑ったり、怒ったり、照れていたり。
もっともっと、たくさん、いろんな君を見たいなんて、そう思ってしまう俺は………
どこかおかしいのかな………?
なぁ、夕人ーーーーー。
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