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道標 2-4

ーーー…… 「はーい!じゃ、バスケ部は一年から先片付けて解散ー!」 「ありがとうございましたー!」 速生は体育館を出て手洗い場で顔を洗うと,帰り支度をした。 「玖賀、お疲れー」 「おう、お疲れ。伊勢は今日チャリだっけ?」 「いや、俺は今日親の車なんだ。ちょっと帰り用事があってさ」 二人は話しながら下駄箱へ向かった。 「……………あれ?」 「どうした?」 「まだ、帰ってない…………夕人」 夕人の名前の靴箱に、まだ靴が残ったままになっている。 「へぇ、珍しいな?こんな遅くまで美術部やってんのかな…。 そういえばいまから天気崩れるらしいぜ? 夕立ちに雷予報って聞いたから、早めに帰った方がいいぞ」 「げっ……か、雷……? ……俺、ちょっと美術部の部室寄ってくるわ。 また明日な、伊勢」 速生は一度履きかけた運動靴を脱いで下駄箱に戻し、急ぎ足で美術部室へ向かった。 いつもならとうに部活が終わって、先に帰ってるはずの夕人がまだ校舎内にいる……速生からすると、とても不思議な感覚だった。 (あ、そういえば俺,美術部室初めて行くかもーー……たしかこっちで合ってたよな?) 階段を上がって渡り廊下を通り、1番突き当たり。 一度だけ芸術の授業の時に前を通ったきりで、速生からは縁遠いその教室は、遠目から見ても物静かな雰囲気が漂い、なんだか、そこに夕人がいるのがよくわかる気がした。 ドアが開放された部室を、外から覗く。 教室の隅、窓際にひとり椅子に腰掛けてカンバスに向かっている夕人の姿が目に入った。 (お、いたいた………) 「ゆうーーーー………」 声をかけようとして、速生は一瞬思いとどまった。 部室奥の窓から差し込む夕日が逆光となり、夕人の姿を照らす。 橙色に染まる少し暗めいた部室の中…… …それはまるで言葉に変え難い雰囲気でーーー、 普段よりもいっそう、哀愁の漂う夕人の横顔に、速生は言葉もなく見惚れていた。 それはとても美しく、近寄りがたく、脆く、儚く、 決して触れてはいけない、なのに、手に入れたくて仕方ないーーー… まるでどこにも置いていない絵画を切り取ってそこでただ見ているような…… 不思議な感覚に陥った。 「ーーーー……………」 速生は思わず、カバンの中からスマホを取り出した。 『ーーーカシャ』 「!」 シャッター音に驚き、夕人が振り向く。 「なんだ……速生。 あれ、今もしかして写真撮ってた?」 「………え?…あ、……いや、撮ってないよ。 ………気のせいじゃね?」 「ふーん……」 少し怪訝な顔で速生を見たが,夕人はすぐにカンバスと向かい合う。 速生は部室へ入りゆっくりと夕人に近づいた。 「油絵……だっけ? ……ーー…誰?」 夕人の目の前のカンバスには、木炭で描き込まれた、誰かの姿があった。 斜め後ろから全身を見下ろしたアングルで描かれたそれは、まだぼんやりとした輪郭だったが、なぜか、どこか見覚えのあるような親しみを感じた。 「いや、実はさ……これ、市の芸術文化祭の出展物なんだけど。 俺,自画像を描こうと思って」 「へぇ……ってことは、これ、夕人?」 「うん。 ただーーー……ここから先に進めなくて。俺さ、さっき、初めて気付いたんだ。 自分で自分のこと、一体どんな風に思ってるんだろう?って、わからないんだ。 俺は一体どんなやつなんだ?って。 これまで、そんなこと客観的に考えたことなんてなかったから」 (夕人が、“どんなひとか”………なんて) 速生は、とても不思議だった。 どうしてそんなことで夕人は悩むんだろう? (そんなこと、簡単なのにーーーー…) もし誰かに聞かれたなら、自分ならいくらでも答えられる。 繊細で、強がりで、意地張りで、だけど、本当は優しくて、 涙脆くて、傷つきやすいくせに、不器用で、人に頼れない。 柔らかそうな黒髪、 華奢で頼りない身体で、精一杯背筋を伸ばす立ち姿、 たまに見せる、笑顔の愛らしさーーー… だけど、きっと、教えてはあげないと思う。 それを知ってるのは、自分だけでいい。 誰にも、教えてあげたくはない。 「瀬戸さん……あ、美術部の部長なんだけど。 その人に言われてさ。 自分を描くことで、見えないものとか、見えてくるーーー…って、なんか、漠然としすぎてて。 わかりそうでわからないんだよな」 「……あのさ……夕人、その瀬戸って人さ…」 この前登校してる時、その三年と話してたのはそういうことだったんだろうか……? 「………ん?」 「夕人、その人のことーーーー……」 夕人は速生を不思議そうに見つめる。   「あ、いや………やっぱり、何でもない。 ごめん、忘れて」 速生は首を振って、夕人の側にある油絵具に視線を落とす。 「ーーーあのさ、に例えてみるのは? 自分はなんの色に似ていて……どんな色が似合うのか、とか……そういうのを考えたら、少しは見えてくるんじゃねぇの?」 「色……………?」 そんなこと、考えたこともなかった。 もし好きな色を聞かれたのなら、たくさん答えられる。 シーンにもよるが、どんな色にも良さがあり、引き立てるための色、隠すための色、似てるようで似てなかったり、少し混ぜるだけでまったく違うものになったり。 だけど自分自身がどんな色なのか、なんて。 わかるわけもない。 考えようとも思わなかった。 ーーそんなにも、俺には、自分のことが見えてない、ということだったのか……? 黙り込んで考え込む夕人を見て、速生は質問を変える。 「じゃあ夕人、俺は?どんな色に見える? もし、例えるならーー……だけど」 「速生、はーーーー」 明るくて、人懐こくて、世話焼きで、 誰とでもすぐに仲良くなれて…… いつでも、真っ直ぐ前を見て、 「速生は……赤、オレンジ…………いや、」 夕人は迷った後、油絵具の中から、”yellow”を取り出した。 「速生は…………黄色。」 強く,逞しく、いつも優しく温かく………光を放つような、 決して下を向くことはなく、いつだって太陽の方を向いている、まるで、 向日葵(ひまわり)のような、そんな存在。

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