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初めての夏 1-3
ーーー…
昼食をコンビニで買い適当に済ませた2人は、お茶のペットボトルを持って、駅前の広場のベンチに座った。
「どう?いい写真、撮れたか?」
デジカメの中の写真をチェックする夕人に、速生が問いかけた。
「んーー…結構撮ったからなぁ。
この中から選ぶとなると、だいぶ悩むかも」
「ま、夕人なら、どんなの選んだってうまく描けるんじゃねぇの?」
そんなこと……と言いかけて、夕人はあるものに気付いて立ち上がった。
「あ、あの店ーーー……」
「ん?」
夕人の視線の先には、駅前の店が立ち並ぶ一角。少し古びた、昔ながらの画材店があるのが見える。
「あそこ、知ってんの?」
速生の問いかけに夕人は頷く。
「……部長の、瀬戸さんが教えてくれたんだ。
多分、あそこだと思うーー……。
品揃えが良くて、穴場の店があるって」
「え………」
夕人の口から出た瀬戸さんという名前に、速生はまた反応してしまう。
(ーーー……また、そいつかよ。)
「あのさ、俺、ちょっと見てきてもいい?」
「………え?あ、ああ。
ーー全然いいよ。
俺、ここで待ってるから、行ってこいよ」
夕人は”急いで見てくるから!”と小走りでその画材店へ入って行った。
「ーーー………ふぅ…」
速生はペットボトルのお茶を一口飲んで、ため息をつく。
その時だった。
「あのーー………君、相模くんの仲良しさん?」
速生はその声に驚いて顔を上げた。
「!
あっ………。せ…………」
「ああ、瀬戸です。ごめんね、突然話しかけて」
そこにはなんと、ついさっきまで速生の頭の中をもやもやと悩ませていた……あの三年の瀬戸という人物が清々しい笑顔で立っていた。
そして、その横には……
「あ、あれ?守江 さん、じゃないっすか?」
「おう。玖賀、お疲れ」
その横に立っていたのは、速生が所属するバスケ部の3年SF エースと呼ばれている、守江 旭 だった。
寡黙でクールな印象を受ける彼は、速生を超える高身長の持ち主で、バスケ部の裏リーダーと呼ばれていた。
その守江がなぜ、こんなところに…?
「ああ、俺と守江は幼馴染でね。今日は俺が買い物に行くのに、ついてきてもらったんだけど……。
そこのLOFTと……あ、あと守江も、何か見るんだっけ?
えっと、たしか、下着って言ってたよな。どこのショップ行く?」
「いや、別に玖賀に買い物内容説明しなくていいから………」
2人のやりとりをただ速生はポカンと見ていたが、どうやら見た目は似ても似つかないこの二人は、買い物も一緒に行くほどの仲なのだということだけはわかった。
「そんなことより………玖賀、お前こんなところで何してるんだ?
ーーこのクソ暑い中、一人で」
守江が、怪訝そうな表情で腕を組み速生に問いかけた。
黒の七分袖のTシャツからのぞく腕は、さすがバスケ部三年エースと呼ばれるだけあって筋肉で締まっており、とても逞しく見える。
(え、守江さん……なんか怒ってんの?
なんで?)
無愛想な表情でそんなことを問いかけられ、なんだかまるで叱られてるような、謎の圧を感じてしまう。
「あ、あぁ……まあその、ちょっと、人を待ってて」
”すぐそこの画材店へ行っている夕人を待っている”とは、速生は言わなかった。
ーーーなんとなく、夕人がすぐ近くにいるということを、この二人には知られたくなかった。
「ふぅん………」
そこにフォローするように、瀬戸が話す。
「あのさ……いや、実は、さっき遠目から君を見かけて。
君って、相模くんといつも一緒にいるから……俺も君の顔は知ってたんだけど」
瀬戸はちらっ、と守江の顔を見て、話し続ける。
「この暑い中、一人でそんなところに座って、しかも、ものすごく怖い表情で。
まるで、そのーーーー……」
言いにくそうにしてると、守江が割って話す。
「誰かのところに殴り込みにでも行くつもりなのかと思ってな。」
(ーーー殴り込み!?)
「ええ………?そ、そんなわけないっすよ」
速生は驚いて否定した。
瀬戸は、「だよな?ほら、きっと暑くて不機嫌な顔してただけだって」、と守江に説明をする。
(俺、そんな顔してたのかーーー…先輩が気にして声かけてくれるくらい、ってこと?)
だけど確かに、この炎天下で1人じっとベンチに座って、しかも怖い表情で……はたから見ればだいぶヤバいやつに見えるのも仕方ないかもしれない。
「ま……何もないならいいんだけどな。
お前、熱中症気をつけろよ?」
守江はぶっきらぼうな言い方だったが、速生のことを心配して気にかけてくれていたのか、ということだけはわかった。
なんだか変な気分だ。
「じゃあ、俺たち行くよ。
ーー相模くんに、よろしく伝えて。
………なぁ、守江、パンツどこで買うんだ?」
「だから、パンツとか言うなってーー……」
2人は話しながら、駅前の店の立ち並ぶ方へと消えて行った。
(ーーーあれ、さっきあの瀬戸って人、”相模くんによろしく”って。もしかして…バレてる?)
速生ははっと顔を上げたが、まあ、いいか…とペットボトルのお茶をまた一口飲んだ。
(普通に、いい人なのかもなーー…)
自分勝手な嫉妬の思いからくる、瀬戸への悪いイメージを払拭しないといけない。と少し罪悪感に駆られていた時ーー…
ーータッタッタッタッ………
「速生!ごめん、お待たせ」
夕人が走って戻ってくるのが見えた。
「あぁ…おかえり。いいもの買えた?」
夕人は”珍しい色の絵の具が置いてあったんだ。”と嬉しそうにしながら、
「そういえば速生、さっき、誰かと話してなかった?店の中から見えたんだけど……」
その言葉に速生は一瞬ドキッとして、“え、いや……”と言いかけたが、別に、隠す理由なんてどこにもない。
「……夕人の部の、美術部の部長さん。
バスケ部の友達と一緒に買い物に来たんだって」
「えっ……瀬戸さんが?へぇ、偶然だな。
もう少し早く戻ってたら俺も話出来たんだけど……」
「……………」
夕人のその言葉に、行き場のない苛立ちが、胸の中をまたモヤモヤと駆け巡る。
(やっぱりーー…前言撤回。なんかムカつく。
なんだろう、この気持ち……)
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