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初めての夏 2-2
『……トントン』
後ろから肩を叩かれ、夕人は振り向いた。
「おはよう、相模くん。久しぶりだね」
「ああ……瀬戸さん。おはようございます」
瀬戸は周りを見渡して、乗客が少ないことを確認すると、夕人の座っている席の通路を挟んで隣の座席に移動した。
「今日は、一年は補習だったね?俺たち三年は進路相談と就職説明会があって登校するんだ。
……あれ、相模くん、風邪?」
「はは……まあ。」
夕人は軽く咳払いをして、瀬戸を見る。
「そういえば……今日、部で参加した市の芸術文化祭の選評展示会が行われるって。
相模くんの作品、部でも評判良かったから……入選するんじゃないかな?」
「ああ……あれですか」
元々は瀬戸からの、”自画像を描いてみたら?”というアドバイスから始まった、あの油絵の自分の作品が選評されることになるなんて……なんだか実感が湧かない。
ーーーあの絵が出来上がったのは、速生のおかげだから………
夕人は別に、自分の作品を評価して欲しいとは思っていなかった。
あの絵を描き上げたことで、自分の中のいろんなものが変わり成長できたと信じていた。
結果ではなく、その過程に意味があると。
「あの……瀬戸さん、聞いていいですか」
「うん、何かな?」
「さっき進路って言いましたけど……瀬戸さんは、どうするんですか?もう決めてるんですか、進学か、就職………」
瀬戸は夕人の問いに“ああ…”と言うと、カバンの中からある用紙を出して夕人に見せた。
「202x年度、入学者選抜要項ーーー…T芸大?
瀬戸さん、T芸大受けるんですか?」
夕人の問いに、瀬戸はただ頷いた。
芸術分野では日本一有名と言っても過言ではない、T芸大……瀬戸ほどの才能の持ち主ならば、その難関大でも受かる望みは十分にあると思えた。
「受かるかわからないけどね。1浪、2浪も当たり前の世界だからーー…だけど、どうせなら、自分の本当に好きで得意なことを学べるなら……限界点まで、自分を試してみたくてね。
だから、これからは受験勉強漬けになっちゃうな」
夕人はただ黙って、瀬戸の言葉を聞いていた。
正直、まだ高校に入学してわずか半年も経たない夕人には、進路のことなんて考えもつかない。
だけど、いずれは決めないといけない時がやってくる。
その時、きちんと迷うことなく、自分の進みたい道を、選ぶことができるのかーー…
誰にも左右されることなく。
今の夕人には、わからなかった。
「ーーー…頑張ってください、瀬戸さんならきっと受かりますよ」
「ありがとう。これからはもう、あまり部活動にも参加できなくなるけど……何かあればいつでも話してくれたらいいよ。
俺でよければ、相談に乗るから」
夕人は軽くお辞儀をし、咳払いをしてから前を見た。
『次はーー、市立第一高校前、お降りのお客様はーー……』
二人はバスを降りた。
「じゃあ、俺門のところで待ち合わせがあるから、今日はここで。相模くん、頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
校門の前で瀬戸と別れた夕人は、ひとり校舎まで歩いた。
ーーーなんだか、寒気がするな……。
外はまだまだ残暑が厳しいはずというのに、長袖シャツの夕人は身震いをし、教室へと向かった。
「夕人、はよ!………あれ?マスク?」
朝練を終えて教室に戻った速生は夕人の姿をいち早く見つけると、不思議そうに尋ねた。
「ああ……うん。けほっ、ちょっと……花粉対策」
「ふーん……」
今って何か花粉飛んでる時期だったか?と思いつつ、速生は夕人の机の前に向かい合って座ると、嬉しそうに顔を見つめた。
「あのさ!聞いてよ。
俺、今度の高体連バスケの県大会予選、メンバーに選ばれたんだぜ」
「え?マジで!?………すごいじゃん」
ま、ベンチ入りだけどな〜と言いつつも、速生は誇らしそうな顔でフフンとやって見せる。
「毎日、練習頑張ってるもんな……ほんとすごいよ」
素直に、すごいと思った。
いつも頑張っている姿を見ていただけに、速生が周りから評価されたことが、本当に、自分のことのように嬉しい。
「そ、そんな褒めんなよ〜〜照れるじゃん!
じゃあさ、夕人。練習試合、観にきてくれない?」
「えーーー…どうしようかな?
実を言うと俺、バスケのルールあんまり知らないんだけど」
「よし、じゃあ伊勢をガイドにつける!あと、SPにもなってもらうか……お忍びの夕人は誰に狙われるかわかんないからな」
「いやお前勝手すぎだろ……伊勢くん怒るぞ。
ははっ。まあ、気が向いたら行くから。また、日が決まったら教えてよ?」
『ガラッ』
「はーい、HRはじめるぞー、着席ー」
気が向かなくても来いよな?と念押しをして、速生は自分の席に戻った。
マスクの下、夕人は“……行くに決まってんだろ”と小さく呟いた。
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