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初めての夏 2-4

ーーー… バスから降りた二人は、人気のない歩道を歩いてなんとか家にたどり着いた。   「階段、気をつけてーー……」 はぁはぁと荒れた息遣いで返事もままならない夕人を、速生は二階の部屋のベッドにおろした。 「夕人………?大丈夫か?」 「………げほっごほっ、……………ん……」 熱が上がりきったためか汗をかき始めた夕人を見て、速生はとりあえず制服から部屋着に着替えさせようと、部屋のクローゼットから適当に服を出した。 「なぁ、夕人、着替え……できそう?」 「…………むり………。脱がせて」 「えっ!??」 そう言うと夕人は、制服のカッターシャツのボタンを、震える手で1つ、2つ……と外し始める。 「え、あの……い、いいんですか?ぬっ脱がせても?」 動揺のあまり、なぜか敬語になる速生。 “人に着替えるところとか見られるの苦手なんだ” そう言っていた夕人を思い出す。 (ーーあんなに裸になるところを見られるの、嫌がってたはずなのに…。いいのかよ?今日は熱あるからいいの?) 「………ひっぱって………」 「えっ?あっ…はっはい!」 夕人はボタンを外し終わると、両手を伸ばし、“だっこして”のポーズをとった。 速生はどぎまぎしながらも、袖口を優しく掴んで、スルスル…と夕人の身体からカッターシャツを脱がせる。 (俺の方が、汗出るわーーー……) ランニングタイプの肌着を着た、夕人の姿。 いけないとわかっているはずなのに、初めて目にする夕人の半裸姿から、目が離せない。 左腕の、手首から肘にかけて、切創の傷跡が露わになるーーー。 (ひどい、傷跡だーーー………) 夕人はどれだけ暑くても、絶対に半袖の服を着てくることはなかった。腕を捲ることも絶対にしないその理由(わけ)を…なんとなく察してはいたが、現実に見てしまうと………とても悲しく、悔しい、言い表せられない感情が胸の中を覆う。 「……はぁ、……けほっ、着せて………」 「あ、お、おう………」 速生はその言葉に、クローゼットから出してきた薄手のパーカーを夕人の背中に羽織らせた。 「…………ありがと………、わり、ちょっと、寝る………」 「え?あっ……うん………」 ズボンの着替えは?と言いかけたが、さすがにこっちは勝手に脱がすのもためらわれ…… (なんか、蹴り入れられそうだからやめとこう………) マスクをつけたままベッドに横たわり目を閉じた夕人に、速生は掛け布団を優しく被せた。 「スー……スー……スー……」 静かな寝意が聞こえはじめる。 (マスク……苦しそうだな……) ためらいつつも、速生は夕人の顔のマスクに触れた。 耳にかけられたマスクのゴムを優しく外して、ゆっくり、夕人の口元を覗き込む。 赤い顔、少しだけ開いた唇からは小さな吐息が聞こえ、閉じられた瞼に添う長い睫毛は少しも動かない。 「夕人………大丈夫か………?」 小さく問いかけても、すこしも反応を示さない夕人の姿は、熟睡していることを意味していた。 額に滲む汗を、指ですくう。 (こんなになるまで、意地張って我慢してーー…無理しすぎだ) 「………は、やみ……………けほっ……」 「ん?ーーーーどうした?」 夕人は目を閉じたまま、速生の名前を呼んだ。 聞き返しても、返答はない。 (寝言ーーーか?) 「…夕人…………?」 名前を呼んで、もう一度、頬に触れる。 すこし汗ばんだ皮膚から伝わる体温と、静かに続く吐息。 無防備なその姿は、夕人の、速生へ対する安堵、そして、信頼を意味していた。 もう一度、頬を優しく撫でる。 「……ん………………」 微かな反応。 夕人は、目を閉じたまま微笑んでいた。 ーーードクンッ その表情を見た瞬間、速生の胸が高鳴った。 ドクン、ドクン、ドクン……… (なんだ、これーーー…やばい、心臓……鼓動が、止まらない……) 「夕人…………」 ーーーギシ……ッ 速生はベッドに手をついて、眠ったままの夕人の顔を覗きこむ。 (ダメだ、俺………なに、しようと………) 高鳴る鼓動はどんどんと早まり、胸の奥から頭の中にまでドクンドクンと響き渡り続ける。 夕人の初めて見る表情に、速生は完全に、理性を失っていた。 ーーードクン、ドクン、ドクン 頬に手を添えたまま、ゆっくりと近付くーーー……吐息がかかりそうなほどの距離。 唇が、触れそうになった……その時だった。

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