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ふたりの未来 2-1
「失礼しますーー…」
「おお、相模。悪かったな、呼び止めて。ちょっと急ぎで確認したいことがあってーー。
まあ、座りなさい」
普通科クラスの担任教師は、職員室から生徒指導室へと誘導して、夕人と机を挟み向かい合って座った。
”進路調査票”と書かれた用紙を目の前に置く。
「相模、進路……進学のことだがなーーー。」
夕人は心の中で「やっぱり…」と思い、担任教師の顔を見る。
「相模は、国立C大志望になってるが……本当にいいのか?」
担任教師の言っていることが何を意味しているのか、夕人にはわかっていた。
「はい。俺、県外の大学を受ける気はないんでーー…」
夕人のその言葉に、担任はうーん、と腕を組み渋い顔をする。
「いやなぁ……相模、お前ほどの成績と優秀な功績があればT芸大、M美大あたりも夢じゃないと思うんだ。
そっちで本格的に美術の勉強をしないと、いろいろと勿体無い気がしてなぁ…。
ーーーどうしても、県内の大学にこだわるのか?」
「…………はい」
「東京には、元々住んでたんだろう?まだ願書は間に合うし……公募推薦でも狙ってみないか?
やっぱり、勿体無いぞ。
それだけの才能があるのに」
夕人はこの高校に在学中の三年間、美術のコンクールに出すものは全て入賞し、広報誌や地方新聞に名前が載るなどとたくさんの功績を残してきた。
校内ではますます夕人の存在は大きく知られており………“美術部の王子様”と下級生たちから騒がれているのはいうまでも無かった。
誰もが、芸術、中でも美術の道へ進むのだろうと思っていた……その夕人の決めた“県内の国立大学受験”という進路に、担任教師だけにとどまらず校長までもが驚き、再度の進路相談の場を設けることとなったのだ。
「絵は、どこでも描けますから……」
「いや、だけどなぁ……親御さんは…」
「親とも話は済んでます。もう決めてるのでーー…俺は、県外に出る気はありません」
夕人の固い意思に、担任はふぅ、とため息をつくと頷いた。
「………そうかーーー。それだけ決まってるなら、これ以上は余計だな。
まあ、だけど、もし気が変わったらいつでも相談するんだぞ?
一般の後、二次募集受付する美大もあるからな」
「はい。いろいろ気遣っていただいて、ありがとうございますーーー…」
ーーーバタン…
夕人は生徒指導室を後にした。
確かに、大学で美術をもっと学びたいという気持ちがないと言えば嘘になる。
“絵”は、自分の中で唯一誇れるものであり、大切な、幼少期からの支えだった。
もっといろんなことにふれて、見て、聞いてーー…いろんな世界を知る。
憧れはあった。だけど………
それでも、夕人の心を揺るがすことのない、確かな想い。
その想いだけのために、夕人は進路を決めていた。
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