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交わされるきみへの想い 3-1
グラウンド裏の中庭。
シクラメンやデイジーで彩られた花壇の前をゆっくりと歩く、夕人と瀬戸教授。
ざわつく校舎周りとは一見して、誰もいない静かな雰囲気に夕人は少し気まずさを感じながら、何か話さなければ、と言葉を探していた。
先に口を開いたのは瀬戸教授の方だった。
「実はね、相模くん。
君のことは2年前から知っていてーー…覚えているかな?君が1年の時の、M市芸術文化祭を。」
「ああーー………はい。
あの時は、油絵を出展して、賞もいただいたので……。とてもよく、覚えています」
“審査員特別賞”という賞に入選し、表彰され記念品を貰ったことがまだ新しい記憶のように思い出せるのは、あの時の出展作品が、夕人の中でもこれまでに描いてきた絵の中で、一番と言っていいほどに心に残っていたからだとわかっていた。
「うん。
実はあの時の選評展覧会に、私も呼んでいただいててねーー…直接、君の作品を見せてもらったんだ。
正直…とても素晴らしいものを感じたよ、君のあの、“自画像”という作品に。
甥の和樹が、同じ高校に通っているという周りからの贔屓目を感じることがなければ、正直私はあの君の作品を、最優秀賞に推していたと思う。
ーーーまあ、いろいろあってね。
大きい声では言えないが、大人の事情ってやつだ」
“いえ、そんな……”と謙遜しつつも、やはりこれだけ自分の作ったものを誰かに評価してもらえることはとても嬉しく、夕人は頬を赤くした。
「私は君の才能を是非とも、もっと伸ばして欲しいーー…
出来ることなら、私の教鞭のもとで。そう思ったんだ。
君の実力と、功績があれば公募推薦枠でM美大 を間違いなく合格できると、私は言い切れる」
「……………」
M美大の教授がわざわざ、一生徒のためにここまでのことをするなんて正直夕人本人にも信じられなかった。
自分にはそんなにも評価してもらえるような才能があるのか?
ーーー実感が、全く湧かない。
「ただ、耳にしたんだよ、君の志望している進学先は美大ではないとーー……正直、それがどうしてなのか気になってね。
無粋かもしれないが、もし良ければ理由を聞かせて欲しくて、和樹に頼み込んで、ここに連れてきてもらったんだ」
「……………理由、ですか……」
夕人は押し黙った。
誰かに言って、わかるようなものではない。
自分がどうして、県内の国立大学を選んだのか…
なぜ、この場所から離れたくないのか。
辛い過去、事件の傷跡 ーーー…。
やっとの思いで新しく踏み出すことのできた新しい生活、穏やかなこの日々を、捨ててまで本当に、自分は美術の道を進みたいのか?
そして、
それよりも、何よりもーーー…
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