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第4話
次の日もその先輩刑事が取り調べを担っていたが、取調室から大きな物音が聞こえたため、三笠は慌てて取調室ヘ向かった。
部屋のドアを開けた三笠は、室内の光景を見て愕然とする。
「せ、先輩……」
蒼空がパイプ椅子から落ちていたのだ。蒼空が座っていたパイプ椅子は隅に転がっている。
三笠は蒼空に歩み寄って声をかけた。
「大丈夫か?」
よく見ると、蒼空の口の端が切れているようだ。
『殴られたな……』
そう直感した。
「大丈夫です」
蒼空はそう言ったが、酷く怯えているようだ。
「なかなか吐かねぇから悪いんだ」
吐き捨てるように言う声の方向を向くと、先輩刑事がこぶしを握り締めていた。
「何してるんですか、先輩!」
三笠は先輩刑事を睨んだ。この刑事は、強引に自白させる手法で知られている。三笠の最も嫌いなタイプだ。
昨日はつい蒼空に魅せられてしまったが、本当は自白を無理強いしたくない。
「すみません。先輩、取り調べは俺が引き継ぎます」
「……まぁいい。じゃ、お前がやれ」
先輩刑事は、そのままそっぽを向き部屋を出ていってしまう。
三笠は倒れたイスを起こして定位置に戻した。
「立てる?イスに座って」
促すと、蒼空は立ち上がってイスに座り直した。続いて三笠も向かい合って座った。
「先輩が悪かったな。本当に大丈夫?」
穏やかさを保ちながら、声をかける。
すると蒼空はコクリと頷いた。
「今の刑事は、荒っぽいところがあるんだ。ちょっと強引だって言われてる。どうか許して欲しい」
「大丈夫です」
蒼空はようやく聞き取れるくらいの声で答えた。
「警察をあまり怖がらないでくれ。俺たちは、真実を知りたいだけなんだ」
「はい。分かってます」
「君の、お母さんが亡くなったことは本当に痛ましく思う」
「……本当に?」
「もちろん。どんなお母さんだったの?」
そう聞くと、蒼空は俯いた。
「母さんは……専業主婦で、優しい人だった……俺と揉めたこともあるけど、それでもいつも気になってた……気になってたのに……」
蒼空は俯いてしまった。泣いているように見えた。三笠は、彼が母親を殺害したように思えなくなった。
「俺は、母さんを殺してなんかない」
「うん。本当にやってないなら、心当たりは何かるのか?」
「アイツだ…アイツがやったに決まってる……」
蒼空からは、憎悪の気持ちが溢れているようだった。アイツとは、一体誰を指しているのか。
「あいつ?あいつとは誰のことかな」
「母さんの……再婚相手」
「え、再婚相手?」
被害者の夫とはまだ連絡が付いていない。行方が分からず、捜査員が探している。
「はい……実の父さんは……俺が三歳の頃に家を出ていきました。そして、中学校に入学する頃に、母さんは、新しい男と再婚したんです……」
「そうだったのか……」
なぜか、重苦しい気持ちが心を襲ってきた。この青年の育った家庭で、何か問題が起きていたことが考えられる。蒼空の憎しみに満ちた目を見れば分かることだ。
「再婚相手のお父さんは……どんな人なの?」
そう問うと、蒼空は苦々しい顔をした。まるで敵を思い浮かべているようだ。母親の再婚相手と上手くいっていないのだろうか。
「再婚相手は……確か、板金工をやってるって言ってました。母さんとは、婚活パーティで知り合ったみたいです」
「婚活パーティ?」
「はい。俺に父親がいないと寂しいだろうからと、相手を探したみたいです。でも……」
にわかに蒼空の顔が険しくなる。よほど再婚相手を憎んでいるのだろうか。
「でも?」
「……アイツは、俺たち親子を力でねじ伏せたんだ……」
蒼空は今にも泣きそうな顔になった。歯噛みをして、ぐっと耐えている。
「一体、何があったんだ?」
「初めは、凄く優しかった……。俺も……懐いてた。最初のうちは……」
「それで?」
「いつからか……アイツは、母さんや俺に暴力を振るうようになった」
「そうだったのか……」
三笠の胸にも重苦しいものが満ちる。実の子でなくても、立派に育てている継父もいるだろうことは分かっているつもりだ。けれど、連れ子を虐待する事件が起きているのも事実。
「あと……アイツ、仕事以外にも何かやってるみたいで……まぁ、関わりたくないし詳しくは知らないですけど」
「何かって?」
「分かんないですけど……夜に連絡が来るとどこか行ったりしてました」
「今、彼は行方が分からないんだ。事情を聞きたいんだけどな」
「やっぱり……。母さんも、アイツと離婚したがってたんです。きっと、母さんを殺して逃げたんだ」
蒼空は、その表情に憎悪の念を滲ませる。
「事情は分かったよ。俺たちも全力で捜査するから」
蒼空の目をしっかりと見て言うと、彼は頷いた。
まだ蒼空の潔白が証明されたわけではないが、彼は家に帰された。
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