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第7話
その後ルリ子ママの店を離れて、電車で三笠の家に帰ってきた。もちろん蒼空も一緒だ。大人しそうな蒼空は、三笠に言われるがままに三笠のマンションに黙って付いてきた。
「広い、家ですね」
三笠の自宅に入るなり、蒼空が呟く。
「そうかな。この前まで同居人がいたんだ。出ていったんだけどね。だから部屋はあるよ」
「……」
蒼空は部屋を見回した。男の一人暮らしにしては片付いている。
「どうしたの?」
「あぁ、いえ。何でもないです」
「そう?じゃ、楽にしてて。布団敷いてくるから」
三笠は空いている部屋に入り、普段使っていない布団をクローゼットから出して敷いた。こうして誰かのために布団を敷くのはいつぶりだろうか。
「ビールでも飲む?」
バーで酒を飲んできたところだが、居間でソファーに座りテレビを見ていた蒼空に聞く。
「じゃあ……」
蒼空は頷いた。緊張しているのがありありと伝わってくる。
「大丈夫。緊張しなくていいよ。ここを我が家だと思ってくれていいから」
バーで出会い警察署で少し関わっただけの相手なのに、ここまでするのが三笠は自分でも分からない。でも、蒼空の力になりたかったのだ。
買ってあったビールを両手に居間へと戻り、一つを蒼空の目の前のテーブルに置く。
「どうぞ、飲んで?」
そう促すと、蒼空は頷いてビールの缶を手にした。そして蓋を開け口を付ける。
「あの……刑事さん……」
「あはは。そういえば、ちゃんと名乗っていなかったかもね。三笠豊です。よろしく」
「三笠さん、なぜ俺をここに連れてきてくれたんですか?なぜ俺なんかを……」
「それは、ただ君を助けたかったからだよ。それに、俺なんかって、自分を卑下する必要はない」
「はい……」
「辛かっただろ?お母さん亡くなって」
「えぇ、まぁ……」
「君は、これからは堂々としていれば良い。疑いは晴れたんだし、疚(やま)しいことはない。堂々と生きようよ」
「俺に、できるでしょうか」
蒼空はポツリと呟き、ビールを飲んだ。
「できるさ。自信を持って」
三笠がそう告げると、蒼空は少し顔を赤らめたようだった。
「そうだ。あのバーには良く行くの?」
「あの店のママさんに……助けられたことがあったんです。それから、色々と良くしてもらってて……たまに行っています」
「そうだったのか。その……あそこはゲイバーなんだけど、つまり、君もそういうことなのかな」
あの店はゲイが多く通っている。もしも違っていたら大変に失礼だが、彼が”同類”であるのかは気になるところだった。
「要するにさ、ゲイバーだって承知で行っているのかなって。口説かれることもあるだろ?つまり……君の美貌なら……」
自分がそうだったように、蒼空に一目で惹かれる男もいるだろう。
「いえ、分かってはいますけど、そんなことは……」
「君は女性が好き?いきなりこんなこと聞くのも悪いけど」
「……そういうのは……あまり分からなくて……」
「というと?」
はぐらかされたのかと一瞬思った。けれど、恋愛はしてこなかったのだろうか。
「人を好きになったことが、ないんです。だから、男女関係なく好きという感情が良く分からなくて」
「そうだったのか。きっとこれからなんだよ。若いし、良い出会いがあるさ」
そう言って励ますと、蒼空は「そうですかね」と乾いた笑みを浮かべた。
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