9 / 63
第9話
その夜、三笠は午後十時過ぎに帰宅した。この時間でも、まだマシな方だ。普段だと日付を跨ぐことも”ザラ”なのだ。
「ごめん、遅くなって」
玄関に迎えに来た蒼空にまず謝罪する。こうして出迎えられるのも妙なものだが、嬉しいかもしれない。
「いえ。やっぱり、大変そうですね。刑事の仕事」
「まぁね。日によって色々違うことも起こるし……」
話しながら廊下を歩く三笠を、蒼空が付いていく。そして、リビングに入るなり驚いた。ダイニングテーブルに、布のかけられた料理が置かれていたのだ。
「これ……」
「ぼ、僕が作りました。キッチン使っていいって言ってくれたんで……」
「うん。確かに言ったけど……。食べないで待っててくれたの?お腹空いただろ」
「いえ、大丈夫です。三笠さんも仕事頑張ってるんだろうなと思ったんで……」
「君が家にいるだろうってことは分かってたけど、外食してくるかもしれないだろ?」
「連絡もなかったんで、きっと食べないで帰ってくるだろうと思ったんです」
「そうか……ありがとうね。腹減ったし直ぐにいただくよ。君も減っただろ?腹」
「は、はい」
蒼空が正直に言った時、彼の腹がきゅるると音を立てた。
「ははは。待たせてごめんな。ちょっと待ってて」
三笠は急いで部屋で着替えて食卓に座った。蒼空が温め直してきた料理は、肉じゃがだ。
「君が作ったの?凄く美味しそう」
匂いが食欲を刺激する。
「レパートリーは少ないですけど、これは一応作れるんです。お口に合うかは分からないですけど」
「あれ、冷蔵庫に牛肉なんてあったっけ」
三笠は思考を巡らせる。牛肉はずっと買っていないはずだ。
「豚肉があったので、それを代用させてもらいました」
「そうだったのかー。それは凄いな」
すると、蒼空は少し頬を赤らめた。そんな彼の反応に、三笠は可愛いと感じた。蒼空はそそくさとご飯や味噌汁を運んでくる。
「じゃ、じゃあ、食べようか」
「はい」
「いただきます」と言って、互いに箸を持つ。
「あっ、美味い!」
三笠は肉じゃがの美味しさに驚いた。懐かしい感じがしたからだ。
「え、本当ですか?」
蒼空は意外そうな顔をした。
「うん。牛肉と豚肉の違いはあるけど、何か母親の味を思い出したよ」
「母親の味……」
「うん。まぁ、親とはずっと会ってないからな。ちょっと、会いたくなったかも」
「どんな、お母さんなんですか?」
「そうだな……優しかったよ。俺のことも一生懸命になってくれたし、父さんにも尽くしてたな。そろそろ、実家にも帰ろうかな」
すると、蒼空は少し切なそうな顔をした。
「あっ……ごめん、俺……」
「いえ、いいんです。気にしないでください」
「う、うん」
蒼空は「僕もいただきます」と言ってやっと食事を始めた。
一通り食べ終わった後に、三笠が満足気に言う。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ!」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「若いのにこういう料理できるのは凄いね」
「昔、母さんが教えてくれたんです。小学生の頃から包丁を持たされて、手伝ったりしていました。将来自活できるようにと」
「そうだったんだ……」
「はい。まぁ、大したものは作れないですけど」
「いや、なかなかの味だったよ。自信持って?」
そう告げると、蒼空の顔は少し赤くなった。こういう反応がやはり可愛い。
「そうですね。ありがとうございます」
「そうだ、明日何か予定ある?」
「いえ、何もありませんけど……」
「良かった。じゃあさ、明日、どこかに行かない?明日休みだからさ」
「……どこに行くんですか?」
蒼空は怪訝そうな顔をした。
「君と早く打ち解けたいなと思って。行きたいところない?」
なぜこんなに事を急(せ)くのか、自分でも分からない。しかし、蒼空という青年に興味を抱いたのは確かだ。
「特にないかも…」
「んー、じゃあさ、蒼空くんは何が好きなの?」
「……映画は、好きです」
「え、本当?俺も映画好きなんだ。特にホラーが好きでさ」
「あ、お、俺もです。俺もホラーが好きかも」
少しだけ、蒼空の目が輝いたような気がした。錯覚かもしれないけれど、確かに彼の感情は動いたはずだ。
「そうなの?じゃ、明日見にいかない?ちょうど面白そうなのやってるんだ」
「はい。じゃあ……分かりました」
蒼空は僅かに嬉しそうな顔を見せた。彼はあまり感情表現は上手い方ではないのかもしれない。三笠は、蒼空の笑顔をもっと見たいと思った。
ともだちにシェアしよう!