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第9話

 その夜、三笠は午後十時過ぎに帰宅した。この時間でも、まだマシな方だ。普段だと日付を跨ぐことも”ザラ”なのだ。 「ごめん、遅くなって」 玄関に迎えに来た蒼空にまず謝罪する。こうして出迎えられるのも妙なものだが、嬉しいかもしれない。 「いえ。やっぱり、大変そうですね。刑事の仕事」 「まぁね。日によって色々違うことも起こるし……」  話しながら廊下を歩く三笠を、蒼空が付いていく。そして、リビングに入るなり驚いた。ダイニングテーブルに、布のかけられた料理が置かれていたのだ。 「これ……」 「ぼ、僕が作りました。キッチン使っていいって言ってくれたんで……」 「うん。確かに言ったけど……。食べないで待っててくれたの?お腹空いただろ」 「いえ、大丈夫です。三笠さんも仕事頑張ってるんだろうなと思ったんで……」 「君が家にいるだろうってことは分かってたけど、外食してくるかもしれないだろ?」 「連絡もなかったんで、きっと食べないで帰ってくるだろうと思ったんです」 「そうか……ありがとうね。腹減ったし直ぐにいただくよ。君も減っただろ?腹」 「は、はい」  蒼空が正直に言った時、彼の腹がきゅるると音を立てた。 「ははは。待たせてごめんな。ちょっと待ってて」  三笠は急いで部屋で着替えて食卓に座った。蒼空が温め直してきた料理は、肉じゃがだ。 「君が作ったの?凄く美味しそう」  匂いが食欲を刺激する。 「レパートリーは少ないですけど、これは一応作れるんです。お口に合うかは分からないですけど」 「あれ、冷蔵庫に牛肉なんてあったっけ」  三笠は思考を巡らせる。牛肉はずっと買っていないはずだ。 「豚肉があったので、それを代用させてもらいました」 「そうだったのかー。それは凄いな」  すると、蒼空は少し頬を赤らめた。そんな彼の反応に、三笠は可愛いと感じた。蒼空はそそくさとご飯や味噌汁を運んでくる。 「じゃ、じゃあ、食べようか」 「はい」  「いただきます」と言って、互いに箸を持つ。 「あっ、美味い!」  三笠は肉じゃがの美味しさに驚いた。懐かしい感じがしたからだ。 「え、本当ですか?」  蒼空は意外そうな顔をした。 「うん。牛肉と豚肉の違いはあるけど、何か母親の味を思い出したよ」 「母親の味……」 「うん。まぁ、親とはずっと会ってないからな。ちょっと、会いたくなったかも」 「どんな、お母さんなんですか?」 「そうだな……優しかったよ。俺のことも一生懸命になってくれたし、父さんにも尽くしてたな。そろそろ、実家にも帰ろうかな」  すると、蒼空は少し切なそうな顔をした。 「あっ……ごめん、俺……」 「いえ、いいんです。気にしないでください」 「う、うん」  蒼空は「僕もいただきます」と言ってやっと食事を始めた。  一通り食べ終わった後に、三笠が満足気に言う。 「ごちそうさまでした。美味しかったよ!」 「そう言ってもらえると、嬉しいです」 「若いのにこういう料理できるのは凄いね」 「昔、母さんが教えてくれたんです。小学生の頃から包丁を持たされて、手伝ったりしていました。将来自活できるようにと」 「そうだったんだ……」 「はい。まぁ、大したものは作れないですけど」 「いや、なかなかの味だったよ。自信持って?」  そう告げると、蒼空の顔は少し赤くなった。こういう反応がやはり可愛い。 「そうですね。ありがとうございます」 「そうだ、明日何か予定ある?」 「いえ、何もありませんけど……」 「良かった。じゃあさ、明日、どこかに行かない?明日休みだからさ」 「……どこに行くんですか?」  蒼空は怪訝そうな顔をした。 「君と早く打ち解けたいなと思って。行きたいところない?」  なぜこんなに事を急(せ)くのか、自分でも分からない。しかし、蒼空という青年に興味を抱いたのは確かだ。 「特にないかも…」 「んー、じゃあさ、蒼空くんは何が好きなの?」 「……映画は、好きです」 「え、本当?俺も映画好きなんだ。特にホラーが好きでさ」 「あ、お、俺もです。俺もホラーが好きかも」  少しだけ、蒼空の目が輝いたような気がした。錯覚かもしれないけれど、確かに彼の感情は動いたはずだ。 「そうなの?じゃ、明日見にいかない?ちょうど面白そうなのやってるんだ」 「はい。じゃあ……分かりました」  蒼空は僅かに嬉しそうな顔を見せた。彼はあまり感情表現は上手い方ではないのかもしれない。三笠は、蒼空の笑顔をもっと見たいと思った。

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