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第12話
その日の午後五時半頃に、三笠は自分の席でデスクワークをしていた、あの男に会ってしまったのもあり、今日は余計に疲れた気がする。
気力を出してパソコンのキーボードを叩いていると、後ろから声をかけられた。
「仕事、まだ終わらないか?」
振り向くと、そこにいたのは三笠のテンションを下げる原因になっている男だった。思わず深い溜息が出る。
「東郷先輩……」
「ちょうど、ここでの用事が終わったんだ。これから、もう一つの用事足そうと思ってな」
正直、『そんなこと知ったこっちゃない』と思った。
「何です?その用とは」
「お前と話すことだよ。これも用事に入れていた」
「言ったじゃないですか。俺は、アンタと話したくない」
構わずに、三笠は仕事を続けた。
「なぁ。いいだろ?今日は早く切り上げてさ、メシ食いに行こうぜ」
「まだ早いですよ。それに、仕事終わらせないといけないんで」
三笠は抑揚のない声で答えた。すると東郷という先輩は、「じゃ、待ってる」と言いその場を離れた。
一体、なぜここまでして自分と話したいのか。三笠は再度溜息を吐いた。
面倒に思い、三笠は東郷を放っておいて帰ろうかと思った。でも、そんなことはできるはずもない。
二時間が経った午後七時、ようやく仕事も片付き帰ろうとすると、「腹減ったぞー」と言いながら東郷が現れた。
「まだ終わらない?」
「いえ、もう終わりましたけど。今日は疲れたんで、帰ります」
パソコンを閉じて席を立つ。その場を立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「そりゃないだろ?せっかく待ってたのに」
『勝手に待ってただけだろう』という気持ちと、罪悪感がせめぎ合う。
「……」
「な?いいだろ。ちょっとくらいさ。メシ行こうぜ。俺奢るからさ」
「……分かりました」
結局、三笠は東郷に引っ張られるようにして署を後にした。
「俺さ、本当はお前に本気だったんだ」
二人で入った居酒屋で、東郷が唐突に呟いた。
「え?」
あまりの驚きに、三笠は目を丸くした。
「俺に、何をしたのか覚えてますか?アンタは俺に……」
「あーぁ。そうだな。お前に手ぇ出しちまったんだっけな。悪かったよ。あん時のお前、怯えてたっけ」
「そうです。あの後、俺は異動して交番勤務してました。それだけじゃない。言う必要もないですけど、どうでも良くなりました」
しっかりと東郷の目を見つめた。
「何のことだよ?」
東郷は怪訝な顔をした。二人は今日、あの日から五年振りに再会した。その間に、三笠に何があったのかなど東郷が知るはずもない。
『アンタにあんなことされて、人生に希望を持てなくなったんですよ。だから、人を信じることもできなくなった。まぁ、プライベートでの話ですけどね』
「お前、何があったってんだよ」
東郷が訝しんだ。
自分がその後どんな生活を送ってきたのかも知らずに、目の前の男はのうのうとこれまで生きて来たのかと思うと、三笠は少し腹立たしく思える。
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