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第16話
翌朝、三笠がキッチンに行くと蒼空は既に朝食を作っていた。
「お、おはよう」
バツは悪かったが、普段通りに声をかけた。
「あ、おはようございます……」
「昨日は、ごめん……」
混乱していたとはいえ、我ながら何てことをしたのだと思う。蒼空には罪悪感しかない。彼にあんなことをするなんて、思ってもいなかった。
「何がです?」
スクランブルエッグを炒りながら、蒼空が聞いてきた。
「君に……その……したたことだよ」
「謝らないでください」
蒼空がコンロの火を止めてこちらを見た。
「え?」
「確かに最初はびっくりしましたけど、本気で嫌だったら逃げてましたから」
「蒼空くん……」
「気にしないで大丈夫ですから」
そう言いながら、蒼空はスクランブルエッグを二つ並んだ皿に盛っていく。
何とも思ってないようにサラリと言うので、三笠はかえって何を考えているのか分からなかった。
だから、それ以上は言えなかった。
せっかく蒼空が作ってくれたスクランブルエッグだったが、三笠はその味を覚えていない。
蒼空はその後も普段と変わらない様子で接してくる。だから、彼に触れた夜のことも彼にとっては何てことはないのかもしれない。
それでも三笠の胸は、日に日に雲に覆われたようにモヤモヤしてきた。
「先輩、どうしたんすか」
ある日、出先で昼食をとっていると、後輩の雪田雄一が聞いてきた。
「え?」
「最近の先輩、何か変すよ」
「そ、そうか?」
雪田に指摘され、三笠は焦った。自分では無自覚だったからだ。
「そうっすよ。何か魂抜けたみたいじゃないすか。何かあったんすか?」
「いや、ごめん。何でもないよ。このところ捜査が忙しかったからさ。疲れてたんだ」
つい、仕事のせいにしてしまった。半分当たっているようで、半分は違う。確かに仕事も忙しかったけれど、三笠が心ここにあらずなのは、蒼空が原因だから。
「あー、確かに大変でしたね、あのヤマ。俺も疲れましたもん」
「だろ?さぁ、さっさと食って聞き込み行こう」
現在は、強盗事件の捜査中だ。貴金属店で起きたのだが、犯人は派手に店内を破壊したわりに手掛かりは一切残していかなかったのだ。だから、三笠たちは店舗の周辺を中心に聞き込みをしている途中だ。
「あ、はい。そうっすよね。早くホシを上げないと」
腹ごしらえが済んだ後、三笠と雪田は聞き込みを再開した。
有力な情報を掴むこともできず、三笠は気落ちする。
「こんだけ聞いてるのに情報得られないなんて、何なんすかね」
隣を歩く雪田が溜息を吐く。
「本当にな。でも、諦めるな。今もどこかで、犯人がほくそ笑んでるかもしれないんだぞ。何としてでも犯人を見つけなきゃいけない」
三笠の一言を聞き、雪田は頷いた。
「そうっすね。何とか犯人捕まえないと。俺、あの店のオーナーの顔が忘れられなくて」
「そうだな。悔しさが伝わってきて、俺も胸が締め詰められそうだったよ」
そう言いながら二人で歩いていると、街中で一人の青年を見かけた。
「……蒼空くん?」
いや、蒼空がこんなところを歩いているわけがないと思う。今はハローワークに行っているはずだから。
良く見たら、蒼空に似た他人だった。
『どうかしてるな、俺』
勤務中だというのに、蒼空のことを思い出し追い求めているのか。知らない青年を蒼空と見間違えるなんて、本当にどうかしている。三笠は雑念を払い、捜査に集中した。
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