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第34話

蒼空が長野に移った後の四月、三笠の署にも異動があった。 三笠の部署に、二十五歳の佐久間という女性が配属されてきた。 「三笠さん、よろしくお願いします」  アイドルにでもいそうな可愛らしさを持った佐久間は、深々と頭を下げた。 そして、頭を上げると佐久間は三笠をまじまじと見つめた。 「ん?どうしたの?」  戸惑った三笠が声をかけると、佐久間は顔を赤らめた。 「あっ、いえ。何でもないです」  そう言うと、佐久間はその場から逃げるように去っていった。去っていってしまった。 『何なんだ、あの子は……』  少しだけ佐久間に対して疑問が残った三笠だったが、あまり気にせずに自身のデスクワークに移る。  佐久間はその後、三笠と同じチームに所属するようになり、一緒に捜査をすることも多くなった。  それから暫く経った四月下旬に、若い女性の遺体が発見されたとの通報が入った。三笠は急いで佐久間や雪田と共に現場へと急行する。  しかし、現場に向かう車内での佐久間の様子がおかしいことに気付いた。 そして、現場に近付いてきた時に、佐久間がポツリと呟いた。 「ここって……まさか……」 「ん?どうした?ここら辺知っているのか?」 「それが……」  佐久間は言葉を詰まらせた。 「いえ……大学時代の友達の家が近いなと思って」  佐久間が言った次の瞬間、雪田の運転する車はとあるアパートの前で停車した。 「ここっすよ、現場」  三笠が隣を見ると、ますます佐久間の顔に不安の色が増してきた。 「このアパート、友達が住んでるんです」  車から降りると、アパートを見上げた佐久間が必死に絞り出した声で告げる。 「え?そうなのか?」  佐久間の言葉を聞いた三笠も少し焦った。 「まだ、友達って決まっただけじゃないし……取り敢えず行ってみましょうよ」  三人は部屋を目指し、二階へと上がっていく。  階段を上がる途中でチラリと佐久間の様子を伺うと、青ざめ震えているようだった。  とある部屋の前に立ち止まり、雪田が叫んだ。 「ここですよ、部屋」  そこ言葉に反応し、佐久間は部屋の前に駆け寄った。 「え……」  そして、彼女は躊躇なく部屋へと入っていった。三笠や雪田も後に続く。 廊下を行くと、奥の居間から悲鳴が聞こえる。 「佐久間?」  三笠らも慌てて居間に入った。 「理恵!」  佐久間は、変わり果てた友人の前でへたり込んでいた。 「どうした?」  三笠たちの目の前にあるのは、若い女性の刺殺体だった。 「友達の理恵です、被害者……」 「え、本当なのか?」  三笠に問われると、佐久間は涙を堪えながら答えた。 「はい……間違いありません。結城理恵さんです」 「まじか……」  雪田も苦しそうに呟いた。 「これは……他殺の線が濃厚かな……」  被害者の左胸には、刺されたとみられる出血がみられた。見たところ、他殺に間違いないかもしれない。 「一体、誰がこんなこと……」  佐久間は、今にも泣きそうなところを気丈に我慢していることが分かる。 「佐久間、最近被害者と会ったか?」 「……一カ月前に、食事しました。会ったのは、それが最後です」 「その時とか、それから変わった様子なかった?」 「そうですね、特に……あっ、最後に会った時に、一週間前に彼氏ができたって喜んでましたけど」 「彼氏、か……」  三笠は、彼氏というのが何故か気にかかった。 「どうしたんすか?」 「いや、彼氏とやらがいるんなら、その人に事情を聞かなければと思っただけだ」  その後、三笠は佐久間を気遣いながら署へと戻った。帰署後も佐久間は気丈に振る舞っていたが、どこか無理をしているように見える。 「なぁ、佐久間」  三笠は何となく、パソコンで仕事をしている佐久間に声をかけた。 「はい、何ですか?」  必死に笑顔を作っているが、やはり悲し気だ。 「休憩しないか?」 「え?」 「ちょっと付き合ってくれよ」  そう言って三笠が立ち上がると、佐久間も慌ててパソコンをスリープにして三笠の後に続いた。

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