38 / 63
第38話
「佐久間さん……どうしたの?」
蒼空が一時帰ってくる日の午後、三笠は少しの時間買い物に出掛けた。そして自宅に帰ってくると、部屋の前で佐久間が待っていた。
佐久間が三笠の家に来ることは初めてだった。これまでの同僚の中でも初めてかもしれない。
課員の住所は皆登録しているため、直ぐに調べられたのだろう。
「突然来てしまって、すみません……」
「いや、別にいいけど……君も今日休みだったけ。まぁ、取り敢えず入って」
「あ、はい。ありがとうございます」
佐久間をリビングに招き、コーヒーを出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
佐久間は緊張気味に頭を下げた。
三笠もソファーに座り、佐久間に尋ねる。
「で、何か用があってここに来たんだろう?」
「はい……私、この仕事向いていないのかなって思って……」
「え、何で?」
「この前も、私情挟んでしまいましたし、何か、向いてない気がするんです」
「えっと、前は少年課にいたんだっけ?」
「そうです。一年くらいいました。そっちの方がやっぱり性に合ってたかなって……」
佐久間は躊躇いがちに訥々と話す。
「うーん。ウチに来てからそんなに経ってないし、判断は早いんじゃなないかな。もう少し頑張ってみて、それからまた考えてみても良いんじゃないかと思うんだけど」
「そうですかね」
「うん。それに、俺は君が向いてないとはこれまでには思わなかったよ?」
「ほ、本当ですか?」
身を乗り出さんばかりの勢いで佐久間が聞いてきた。
「あぁ。一緒に働くようになってまだ日は浅いけどね。この間のことだって、もし俺だったとしても同じ感じになってたと思うし」
「三笠さん……」
「だからさ、寂しいこと言わないでもう少し頑張ってくれよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
佐久間の目には薄っすらと涙が光っていた。
「突然来てしまってすみませんでした。ご相談なら、署でもできましたよね。ご相談なら、署でもできましたよね」
「いや、別にいいんだけどさ」
そう言いつつも、三笠は佐久間が自宅にやって来た意図が他にもある様な気がする。どう考えても、いきなり相談があるからと家にまで押しかけては来ないはずだ。
「あ、あの……私帰りますね」
三笠が出したコーヒーに口をつけると、佐久間は立ち上がり帰ろうとした。
『本当にこれだけで帰るのか?』
そう思った三笠だが、何も言わないことにした。
玄関に着くと、佐久間が後ろから来た三笠を振り返る。
「あの、本当は私三笠さんのお宅に来てみたかったんです」
「え?俺の家?」
「は、はい……私……」
佐久間は躊躇いがちに三笠の顔を見つめた。
「私、先輩が好きです」
突然の告白に、三笠は呆気にとられた。
「佐久間さん……」
「一緒に仕事をさせていただくようになって、いいなと思ってたんです。それで、いつの間にか本気になってましたそれで、いつの間にか本気になってました」
「え、……そうだったの?正直、驚いたよ」
三笠は全く佐久間の気持ちに気付いていなかったため、正に青天の霹靂だった。何て返して良いか分からない。
「三笠さん、恋人とかいるんですか?」
「そ、それは……」
恋人がいると、正直に告げれば良いか迷った。しかし、佐久間の想いには応えられないし嘘も吐けない。
「うん。恋人はいるよ……」
『とても大事な人だ』と言おうとしたところで、ドアの向こうからガタンという物音が聞こえた。何かを落としたような音だった。
「一体、何だろう。ちょっと待ってて。様子見てみるから」
「あ、はい……」
佐久間は少し怯えたような顔を見せた。今の物音に驚いたようだ。
ともだちにシェアしよう!