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第38話

「佐久間さん……どうしたの?」  蒼空が一時帰ってくる日の午後、三笠は少しの時間買い物に出掛けた。そして自宅に帰ってくると、部屋の前で佐久間が待っていた。 佐久間が三笠の家に来ることは初めてだった。これまでの同僚の中でも初めてかもしれない。  課員の住所は皆登録しているため、直ぐに調べられたのだろう。 「突然来てしまって、すみません……」 「いや、別にいいけど……君も今日休みだったけ。まぁ、取り敢えず入って」 「あ、はい。ありがとうございます」 佐久間をリビングに招き、コーヒーを出した。 「どうぞ」 「ありがとうございます。いただきます」  佐久間は緊張気味に頭を下げた。  三笠もソファーに座り、佐久間に尋ねる。 「で、何か用があってここに来たんだろう?」 「はい……私、この仕事向いていないのかなって思って……」 「え、何で?」 「この前も、私情挟んでしまいましたし、何か、向いてない気がするんです」 「えっと、前は少年課にいたんだっけ?」 「そうです。一年くらいいました。そっちの方がやっぱり性に合ってたかなって……」  佐久間は躊躇いがちに訥々と話す。 「うーん。ウチに来てからそんなに経ってないし、判断は早いんじゃなないかな。もう少し頑張ってみて、それからまた考えてみても良いんじゃないかと思うんだけど」 「そうですかね」 「うん。それに、俺は君が向いてないとはこれまでには思わなかったよ?」 「ほ、本当ですか?」  身を乗り出さんばかりの勢いで佐久間が聞いてきた。 「あぁ。一緒に働くようになってまだ日は浅いけどね。この間のことだって、もし俺だったとしても同じ感じになってたと思うし」 「三笠さん……」 「だからさ、寂しいこと言わないでもう少し頑張ってくれよ」 「はい、分かりました。ありがとうございます」  佐久間の目には薄っすらと涙が光っていた。 「突然来てしまってすみませんでした。ご相談なら、署でもできましたよね。ご相談なら、署でもできましたよね」 「いや、別にいいんだけどさ」  そう言いつつも、三笠は佐久間が自宅にやって来た意図が他にもある様な気がする。どう考えても、いきなり相談があるからと家にまで押しかけては来ないはずだ。 「あ、あの……私帰りますね」  三笠が出したコーヒーに口をつけると、佐久間は立ち上がり帰ろうとした。 『本当にこれだけで帰るのか?』  そう思った三笠だが、何も言わないことにした。 玄関に着くと、佐久間が後ろから来た三笠を振り返る。 「あの、本当は私三笠さんのお宅に来てみたかったんです」 「え?俺の家?」 「は、はい……私……」  佐久間は躊躇いがちに三笠の顔を見つめた。 「私、先輩が好きです」  突然の告白に、三笠は呆気にとられた。 「佐久間さん……」 「一緒に仕事をさせていただくようになって、いいなと思ってたんです。それで、いつの間にか本気になってましたそれで、いつの間にか本気になってました」 「え、……そうだったの?正直、驚いたよ」  三笠は全く佐久間の気持ちに気付いていなかったため、正に青天の霹靂だった。何て返して良いか分からない。 「三笠さん、恋人とかいるんですか?」 「そ、それは……」  恋人がいると、正直に告げれば良いか迷った。しかし、佐久間の想いには応えられないし嘘も吐けない。 「うん。恋人はいるよ……」  『とても大事な人だ』と言おうとしたところで、ドアの向こうからガタンという物音が聞こえた。何かを落としたような音だった。 「一体、何だろう。ちょっと待ってて。様子見てみるから」 「あ、はい……」  佐久間は少し怯えたような顔を見せた。今の物音に驚いたようだ。

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