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第39話
三笠は直ぐに部屋を出たが、そこには商品の入った買い物袋が落ちていた。
そして、部屋から少し離れたところにあるエレベーターに誰かが乗り込んだのが見えた。
直感で、三笠はそれが蒼空だと感じた。
考える間もなく、三笠の足は動き出していた。
エレベーターは既に下に降りているから、三笠は階段を駆け下りた。
部屋は八階なのだが、必死に降りた。
一階まで降りると、去っていく蒼空の姿が遠くに見える。三笠は急いで蒼空を追いかけた。
『待ってくれ……蒼空くん……』
階段を八階から降りてきたため少し息切れしていたが、三笠は必死だった。百メートルほど走ると、やっと蒼空に追いついた。
「待って!蒼空くん!」
息切れしながら呼びかかけると、蒼空が振り向いた。
「三笠さん……」
蒼空は戸惑っているようだ。少し悲しげにも見える。
「ごめん、せっかく来てくれたのに……」
「本当は夕方くらいに着く予定だったんですけど……早く会いたくて時間早めたんです。女性が、来てたんですか?」
少し探るように蒼空が聞いてきた。三笠は一瞬だけ考えて答える。
「聞こえたんだ……」
「聞こえましたよ。好きだとか恋人とか」
そこまで聞こえたのかと、三笠は内心ため息を吐く。
「署の後輩なんだけど、相談があるって言って訪ねてきたんだ」
「わざわざ家までくるんですか?それに、好きだって言われてるの、聞こえましたけど」
蒼空は拗ねているようだ。面識のない佐久間に嫉妬しているらしい。
「蒼空くん、妬いてくれてるの?」
そう聞くと、蒼空はあからさまに顔を赤くした。そしてスッと顔を背けてしまう。
「そ、そんなことは……」
「君には誤解させるようなことを聞かせてしまったね。確かに、彼女に告白をされたよ。正直、俺も驚いた」
苦々しさなど様々な感情がない交ぜになった表情で、蒼空が見つめてきた。そんな話、聞きたくないと目で訴えているようだ。
「でもね、蒼空くん。俺は君だけを想ってるよ、当然ね。今日、会えるのをずっと待ってたんだ」
「本当、ですか?」
「当たり前だろ?俺が他の誰かに言い寄られたとしても、君以外になびくはずがない。今回みたいに女性ならなおさらだ。まぁ、男も同じだけど。もう、昔の荒れてた俺じゃないし」
「三笠さん……」
蒼空の目頭が熱くなっているように見えた。
「今回は誤解させてしまったけど、ちゃんと断るから。ね?」
三笠は優しく蒼空を抱きしめた。
二人で部屋に戻ると、佐久間はいなくなっていた。オートロックであるこの部屋から出ていったらしい。何かを察知したのだろうか。
「帰っちゃったみたいですね、あの人」
「あぁ。うん。待っててって言ったんだけどね。俺がなかなか帰ってこなかったからかな」
「すみません、タイミング悪く来ちゃって……」
蒼空はシュンとしてしまったため、三笠は彼をソファーへと促した。
「気にしないで。はら、そろそろソファーに座ろうよ」
「は、はい……」
蒼空は三笠に続いてソファーに座ると、身を寄せて三笠の肩に頭を乗せた。
「ただいま、三笠さん」
「おかえり。会いたかったよ」
三笠は横を向いて、蒼空の漆黒の髪にキスをした。
久しぶりに会えたのだ。明日にはまた帰らなければいけないし、時間を無駄には過ごしたくはない。
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