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第52話

 午前十一時前、雪田に「あと頼むな」と言い残して三笠は病院に向かう。 いよいよ蒼空が退院するので、三笠の心は浮足立っていた。何となく、普段よりも足取りが軽く感じる。  病室を訪れると、蒼空は既に私服に着替えていた。 「あ、三笠さん!すみません、忙しいのに……」 「いいんだ、俺が来たかったんだから」  三笠の言葉に、蒼空はホッとしたような笑みを見せる。 「準備はできた?」 「あ、はい。大体は終わりました。後は、OKが出たら退院できるみたいです」 「そか」 「これまで、荷物持ってきてもらったり、ありがとうございました」  蒼空の入院中、下着の替えなどの荷物は三笠が蒼空の家から持ってきていた。看護師たちを通さず、直に蒼空に渡せたので良かったかもしれない。 「ううん。不謹慎かもしれないけど、何か、君と家族になったみたいで嬉しかったよ。俺は」 「三笠さん……」  蒼空は少し頬を染めて目を泳がせる。そんな反応一つを取っても愛おしくて堪らない。 「じゃ、行こうか」 「はい」  大きな荷物を両手に持ち、三笠は蒼空と共に部屋を出ようとした。すると、ドアがノックされベテランの看護師が一人入ってきた。 「川上さん、そろそろお時間ですね。退院おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「あら、そちらは?」  看護師は、三笠に気付くとキョトンとした目を向けてきた。そう言えば、これまで彼女とはあまり顔を合わせたことがないかもしれない。 「あ、仕事の同僚です。荷物持ちに来ました」  三笠は慌てて頭を下げた。 「そうでしたか。川上さんはイケメンだから、看護師たちに人気だったんですよ」  朗らかだが唐突に言われた内容に、三笠も蒼空も驚く。確かに蒼空はビジュアルが良いとは思っているが、まさか看護師たちからも騒がれるほどだったのか。まぁ、人気だったなどと一々言う必要もなかったのではとも思うのだが……。 「へ、へぇ……」  三笠は返事に困ってしまう。 「そんなことないですよ」  蒼空も苦笑いしている。人気だったというが、本気で狙っていた看護師がいたらどうしよう。そんな思いが頭をもたげた。 入院してきた患者と、日々世話をしている間に恋仲に......。そんな妄想が三笠の頭を支配しかける。しかし、例え女性から言い寄られたとしても、蒼空は意に介さないだろう。そう考え、頭を切り替えた。 「恋人いるもんな?」  蒼空にふると、彼は「え?」と驚きながらも「はい」と頷いた。 「あら、そうなんですね。ごめんなさい」  看護師は「それはそうよねぇ」と言いながら笑った。  病棟にあるナースステーションの前付近で、看護師たちから見送りを受ける。 「お世話になりました」  蒼空が看護師数人に頭を下げる。 「退院おめでとうございます!お元気で」  表情には、名残惜しそうな感じがする。 「はい。ありがとうございます」  まだ完全ではないが、無理をしなければ仕事にも復帰して良いという。 挨拶を終え、二人は三笠の車を停めてある駐車場へと向かった。 看護師たちが「あの人どう関係なのかな」と、二人のことを噂していたことは知らない。

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