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第56話

 その後、三笠たちは矢野の家を訪れた。 チャイムを鳴らすと、しばらくしてから面倒そうな様子で男が出てきた。 「……誰?」  夜の仕事をしているという彼は、今まで寝ていたのだろう。午後一時だが、寝起きだということが分かる。 「中央署のものです」  三笠が警察手帳を見せると、矢野は目を見開いた。すぐにドアを閉めようとするのを、蒼空が咄嗟に足を挟み阻止する。 「ひったくり事件のことで、お話があるんです。よろしいですか」 矢野の腕を掴み、三笠は有無を言わせない様子で彼の顔を見つめた。 「逃げられませんよ」  三笠が睨み据えると、矢野は観念した様子で全身の力を抜いた。  部屋に上がり、三笠たちは矢野から事情を聞くことにする。 「三月二十一日、あなたは何をしていましたか」 「何って、仕事だろうよ......」 「この日、午後二十時頃に女性がひったくりに遭う事件が発生しました。あなたは、職場を休んでいますよね?確認は取れているんですよ」 「......体調不良だったんだよ」  思い付きの一言。それが嘘だということは、三笠や蒼空には分かった。 「嘘はいけませんよ。本当のことを話してください」  毅然と蒼空が言うと、矢野は押し黙ってしまう。 「そうだ。ちょっと左手を見せてください」  三笠の言葉に、目の前の男は動揺を見せた。 「て、手?」  矢野は訝しげな表情を見せた後、開いた手の平を上にして差し出してきた。 「手の甲が見たいんですが」  三笠が視線鋭く言うと、矢野はしぶしぶ手を裏返した。彼の左手の甲には、見事な赤い薔薇が咲き誇っていた。この薔薇が、事件を解決へと導いてくれたのだろうか。 「この薔薇、見事ですね」 「い、いや......」  明らかに矢野は動揺していた。 「ひったくり被害を受けた女性が、犯人が薔薇のタトゥーをしていることを思い出してくれたんですよ。おかげで、やっと解決できそうです」 「何で......今頃になって......」 「目撃者があまりいなくて、防犯カメラの手がかりもなかったんでね。時間がかかってしまいました」  矢野は、さも悔しそうに唇を噛んだ。 「くそっ......逃げ切れると思ってたのに......」 「そう甘くはないですよ。あなたは、○○の路上で女性のバッグを奪いましたね」 「あぁ。俺だよ」  矢野の動機は、バッグを売った金と財布の中身で遊ぶ金が欲しかったからだった。 「タトゥー屋のおやじ、俺が薔薇入れたことしゃべったのかよ......ちっ......」  舌打ちする矢野の首筋にも、タトゥーが彫られているのが見えた。矢野は夜職で働いているが、そこまで稼ぎが良いわけではないらしい。 「それで、奪ったバッグはどこにある?」  蒼空が尋ねると、矢野はまた口を閉ざしてしまった。 「言えよ。大事なことだ。被害者も在りかる探してる」 「売っちまったよ」 「どこに売ったんだ?」 「さぁ、知らねぇな。忘れちまったよ」 「そんなわけないだろう!言え!どこに売った!」  掴みかからんばかりに激昂した三笠を、蒼空が「抑えて」と宥める。矢野からはバッグを売ってしまった店を聞き出せたが、そのバッグがどうなっているかは分からない。  解決まであと少しかとなったが、蒼空が呟いた。 「そういえば、中身、バッグの中身はどうしたんですか?もう捨ててしまったとか」 「そうしようと思ってたよ」 「え?!」  三笠と蒼空は同時に声を上げた。大事な物が入っていたはずだ。捨てられていたのどということになったら、大変だ。 「でも忘れてて、まだ捨ててねぇよ」  矢野は立ち上がると、押し入れから紙袋を取り出し三笠たちの前に突き出した。 「ほら。中身は返すよ」 「お前、抜けてるな」  紙袋を受け取った三笠の言葉に、矢野は「うるせぇ」と毒づいた。  矢野は逮捕され、署でさらなる取り調べを受けることとなった。

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