30 / 82

第29話

「ん?なに?」 「ぶり返すつもりはないけど・・・こういうトコ、 俺とは違うなって思ってる。」 言いながら紙袋を持ち上げる。 ー―いい奥さんになりそうだよな― ー と言った蓮ちゃんが頭をよぎった。 「褒めてる。」 どこかばつが悪そうに言う蓮ちゃんに 「ん。わかってる。ありがと。」 今度は心からそう言った。 ちゃんと目を見て。 「今度、うちに来る?」 「なに?突然。」 急にまたヘンなことを言い出すから、反射的にドクンとする。 今日はもう・・というか、昨日の夜からずっと調子がおかしい。 蓮ちゃんはなにも言わずに視線でそちらを指すから、 オレも自然とそちらに視線が向いた。 「毎回、悪ぃかなって。」 視線の先にはビールの空き缶が入ったごみ袋が置いてあった。 「ゴミのこと?」 「それだけじゃねぇ。」 「なに?」 「洗い物とか。」 いつもは蓮ちゃんが帰る前に片づけるテーブルの上は、 今日はいまだに散らかったままだ。 「いまさらなに言ってんの。」 「いまさら思ったんだよ。」 オレはおかしい。 それはもうずっと前から明らかだ。 そして今日は蓮ちゃんもどこかおかしい。 それはきっと、 今日の気まずかった食事や、 帰る時間が遅いことなんかがそうさせているのかもしれない。 「食器がない蓮ちゃんちでこんなことしたら、逆にゴミが増えるでしょ。」 「・・少しは増えてるぞ。」 ああ・・墓穴を掘ってしまった‥と思いながら、 オレは笑った。 オレが自分から蓮ちゃんちに行くことをしないのは、 あのテリトリーで「蓮ちゃんの彼女」って存在を感じたくないからだ。 蓮ちゃんは昔から本当に自分で料理をしない。 オレの知ってる頃の蓮ちゃんの部屋には、 フライパンどころかフォークもスプーンもなくて、 数枚のお皿と割りばしがあるくらい・・・だったけど・・・。 きっと、また、今カノがいくらかそろえているのだろう。 どうせ毎回、 更新のたびに訪れる蓮ちゃんの引っ越しの手伝いにかり出されるオレは、 そのたびなにが増え、 なにが減ったのかがわかってしまうと知っていても、 自分からそれを知ろうとは思わない。 「それにきっと、ごみを片付けるのだってオレだろうし。」 「少しは手伝いますぅ~。」 唇を尖らす姿が可愛くて笑うと、蓮ちゃんも笑った。 蓮ちゃんは独り暮らしが長いくせに、 本当になにひとつ、家事ができない。 そしてオレは、そういう蓮ちゃんのままでいて欲しい。 きっと、今カノがいくらか 世話を焼いているのだとしても。 「ホントに気にしなくていいよ。」 蓮ちゃんが日常を過ごす場所には興味はある。 でもやっぱり、彼女の影を感じる場所に、 出来ることならオレは行きたくはない。 「ん。じゃあな。」 「ん。」 いつものように軽く手をあげると、 蓮ちゃんはこちらを振り向かずに出ていった。 なんとなく、キッチンを見る。 蓮ちゃんの知らないところでほっぺにちゅうをして、 気まずい食事をした今日はめずらしく、 コーヒーの出番がなかった。

ともだちにシェアしよう!