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第36話
☆
後先など何も考えずに風呂場に来てしまって途方に暮れたオレは、
勢いで服を脱ぐと、なんと本当にお風呂に入ることにした。
「はぁ・・・」
もともと風呂は好きだ。
とはいえ、
こんな風に入った数時間後にまた、家の風呂に入ったのははじめて。
蓮ちゃんのためにはったお湯に浸かって、
お風呂ってすごいと改めて思う。
あんなにバクバクしてた心臓がホッと癒えて、
明らかに平常を取り戻した。
蓮ちゃんはどうしているだろうか。
さすがに帰ってしまったかもしれない。
「・・・なにしてんだろ。」
入ったはいいけどどうやって出ようか・・・
答えは出なくともここにずっとはいられなくて早々に、
できるだけ音を立てないようにして、湯船を出た。
「・・・。」
風呂場のドアを開け、タオルをとろうとしたとき、
脱衣所の床に、
缶ビールとあの・・・底がまぁるいグラスが置いてあるのに気が付いた。
裸のまましばらく、
髪やら身体からぽたぽた垂れてる雫をそのままにして、それらを見つめる。
なぜだか泣きそうになって、必死にそれをこらえた。
どうにかしなきゃと思う。
こんな気持ちのまま、過ごすことはきっともうムリだ。
どうにかしないと・・・って・・・それはずっと思ってはいるんだ。
中学2年のあのとき、
蓮ちゃんこそがその対象だとわかってしまってからずっとずっと。
ただ、どうすればいいかが見えないだけで・・・
☆
この部屋を出て行ったときにいたその場所に、
蓮ちゃんはいた。
いてくれた。
帰らずにソコに居てくれたことに嬉しい反面、
オレは一瞬だけ緊張して困惑する。
それは毎週金曜の夜にチャイムが鳴ったあと、
玄関を開けるときと同じ。
もう何度となく繰り返し訪れる、蓮ちゃんがやってくるその瞬間、
オレはいつも嬉しさと同時に一瞬だけ緊張して、戸惑う。
それはいつも一瞬だけだけど、いまだに確実におこって、いまだに慣れない。
「ごめん。」
言葉は勝手に出てきた。
だって明らかにオレが悪い。
「もういいよ。飲もうぜ。」
蓮ちゃんが笑う。
それはいつもと同じ笑顔だった。
いつもとなにも変わらないって顔。
その顔を見て、ああ、オレだけがおかしいんだって思った。
改めて。
「うん。飲もう。」
自分でも不思議だけど、そのときの笑顔は心からの笑顔だった。
蓮ちゃんのやさしさに甘えながら、
乾ききらない髪のままでいつもの場所に座ると
そのグラスに蓮ちゃんがビールを注ぐ。
液体が注がれるとイニシャルが余計に目立って、
「蓮ちゃん」の存在感が増した。
「俺も入っちゃおっかな。」
「お湯抜いちゃったよ。」
「嘘だろ。」
「嘘だよ。」
そんな会話はまるでいままでと変わらないように見える。
それでもオレは、
蓮ちゃんがなんだかとてつもなく遠くに感じた。
まるでまったく別の次元に行っちゃったみたいに。
出口が見えない・・というより、
余計に道に迷ってしまったままで、
それでも風呂上がりのビールは、
そのグラスで飲むビールは、やたらと美味い。
ああやっぱり、ビールって神だって思った。
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