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第38話

本人の知らない所でほっぺにキスをして、 昨日はヒステリーを起こして いつもと違うコーヒーの香りに包まれて・・・ きっとオレの中のドコカがおかしくなっていたのだろう。 いつもは見ない蓮ちゃんに見とれてた。 無意識に。 ずっと好きで、 自分をどうしたらいいかわからない気持ちにさせる、 唯一の男を見てた。 どの動作も どの姿かたちも 自分の内側をきゅんっとさせる。 自分はきっと蓮ちゃんで出来ているって思う。 蓮ちゃんを想う気持ちで出来上がっているって。 なにげなく、 無意識に見てしまっていたことに気づかずに、 準備が終わった蓮ちゃんと目があった。 なんてことない普通の・・・いつもの蓮ちゃんの呆けた顔。 でもその顔に その瞳に その唇に 揺れる髪の一本一本に・・・ 「いってらっしゃい。」 いったい、誰が言ったのだろうと思った。 ・・・信じらんない・・・ 信じられなくて一瞬、 本気でそれを言った「誰か」を探した。 でもすぐに事態を把握して 前進が固まるとゴクリと唾を飲んだ。 この場でいってらっしゃいなんて言葉は言ったらいけない。 蓮ちゃんがどう思うかじゃない。 オレがおかしくなってしまうからだ。 オレは浅く息を吸って知らずに唇を舐めると、 何かを言わなきゃと瞼がパチパチする。 「ん。いってくる。」 そうして、その空気を先に変えたのは蓮ちゃんだった。 その言葉はあまりに普通だった。 特になにか感情がこもっているようにも思わなかったし、 実際なんとも思ってなどいないのだ。 オレは思わず立ち上がる。 これは・・・こんなのは。 昨日と全く同じじゃないか・・・と思ったときには もう立ち上がってしまってた。 パニック発作のようなものだと思った。 「っあの・・」 いけない。 いったい何を言うつもりなんだろうって焦る。 自分で自分が何をしだすのかが見当つかない。 「なに?」 なに?・・・そう。なんだろう? いったいなにを言いたいんだろう。 また風呂場にでも逃げ込もうというのか・・・ 「っ・・・なんでもない。」 慌ててソファに座りなおす。 視線を交わさないよう気を付けながらコーヒーを飲んだ。 誤魔化さなくてはと思う。 なにか・・わからないけどなにか・・・上手く言わなくちゃと思う。 けれどもなんにも思い浮かばない。 いってらっしゃいなんて・・・ なんでそんなことを言っちゃったんだろう。 なによりその言葉に こんなに動揺してるのは自分だけなのがまた、哀しくなる。 考えてみればたいしておかしな台詞でもない。 実際 蓮ちゃんはこの場を出て行くのだから。

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