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第43話

蓮ちゃんのいない金曜日。 それは紛れもなくいつもとは違う金曜日。 普通とは違う金曜の夜を、 どうにか普通に過ごしたくて夕飯のための野菜を冷蔵庫から出して並べる。 さほど手の込んだ料理は出来ないけれど、 もうすぐまたひとつ年を重ねるいまの年齢では、 自然と健康面も少しは考えるし、もともと料理はキライじゃないのだ。 蓮ちゃんからもらったグラスを見える場所に置くと、 ビール片手にエプロンを着けて野菜を切ろうとして、 すると突然、玄関のチャイムが鳴った。 いったい誰だろう?と思った。 彼女かなって思って一気に嫌気がさす。 「っ・・いま開けるっ」 インターフォンの画面を見て驚いたと思う。 けれど驚いただけでもなかった気がする。 オートロックのカギを解除すると、 玄関のカギを開けに向かった。 ☆ 「どうしたの?」 いつもとは違う金曜日。 いつもとは違った蓮ちゃんがいた。 相変わらず週末の夜とは思えないほど、 疲れた様子の見えないコート姿は似合っていて、 きっとその下のスーツもよれてはいないのだろう。 今カノからのプレゼントの革靴を履いて、 元カノからもらったネクタイをつけて、 蓮ちゃんは・・・それでもいつもとはどこかが違った。 「っなに?どうした?」 目が合って、それなのになんにも言わずに蓮ちゃんは、 驚く自分の隣を通り過ぎて部屋にあがってくる。 リビングの中央辺りでこちらを向いてもまだ、 無言のままだった。 そうして、その沈黙に焦る。 視線が揺れてる自分を落ち着かせたくて、ゴクリと唾を飲んだ。 「・・・どうしたの?」 「別に。」 「別にって・・旅行って言ってたでしょ。」 「言ってた。」 やり取りの最中で少しだけ頭がクリアになってくると、 いつもと同じなのにいつもと違うと感じたのは、 手元にコンビニ袋がないからかなってそんなことを思った。 「どうしたの?」 3回目になる同じ質問を、 まるでそれが初めて言ったみたいな気持ちでそう言った。 コートを脱がない無言のままの蓮ちゃんに、 なぜか責められているような気持になる。 「なんで来たの?」 「なんとなく。」 「なにそれ。」 わけがわからないと思った。 そうして、どうしてだかイラっとする。 イラっとする自分も、わけがわからなかった。 「帰って。」 「イヤだ。」 「っは?イヤだって蓮ちゃんおかしい。」 イヤだなんて言われると思わなくてびっくりする。 すると、風呂が溜まったときの音楽がテンポ悪く流れた。 「・・・もしかして彼女となんかあった? 」 その聞きなれた音楽に、少しだけ気分が落ち着いた。 「ケンカでもしたの?」 「それは杏野の方だろ。」 「え?」 「上手くいってないって言ってたじゃん。」 ・・・もしかして。 「オレと彼女のことを心配したの?」 あんな態度を取ってしまった後だったことを思い出す。 とたん、自分がとても恥ずかしくてとても申し訳ない気持ちになった。 「ごめん。」 「なんで謝んの?」 「心配かけてるんならごめん。」

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