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第54話

「はぁ~・・・」 空き缶や空き瓶が転がる床にゴロンと寝っ転がると、 なんだかひどく気持ちいい。 よく知ってるはずのこの部屋で、 こうやって床に寝っ転がることはあまりないのだ。 端にとらえた窓から見えるのは、冬の白くて青い空だ。 太陽がまぶしい午前中に、なんてぐうだらな、 贅沢な時間の使い方をしてるんだろうと思う。 それも、その時間を共有してるのは蓮ちゃんだ。 「はぁ・・あっつい・・」 起き上がって上着を脱いだ。 すると蓮ちゃんと目が合ってドクンとした。 こういうのはいったい、どんな力が働くのだろう。 こんな・・・なんともいえないタイミングで そのおっきな目に捕まってしまうことを、 なにかどういう因果で引き起こっているのだろう。 「杏野って無防備だよな。」 と、まるで独り言みたいに言われて心から心外だと思った。 「それは蓮ちゃんだろ。」 いつだってオレの前でネクタイをあんな風に緩めて、 あんな風にYシャツのボタンを外したりするクセに。 するとそこで蓮ちゃんの携帯のバイブ音が部屋に響く。 出る気配のない蓮ちゃんとオレの、気まずい沈黙。 もう昨日から何度目だろう。 携帯を見なくても、 その相手が誰なのかが二人してわかってしまって、とても気まずい。 そして間の悪いことに、 蓮ちゃんの携帯の震えが止まった途端、今度はオレの携帯が震えた。 オレのは電話ではなく、メッセージだったけど。 彼女という存在はデカい。 一緒にいないのに、互いの頭ん中に現れて 目の前の景色を曇らせるのだ。 「・・・蓮ちゃんの彼女ってどんなヒト?」 半袖になって、缶ビールに口をつけたままそう言って、 酒って怖いなと言った後に思う。 本当に聞きたいのだろうか。 自分のことなのにわからない。 「杏野の彼女は?」 なんとも実のない話しだ。 それはお互いに。 「カッコ悪いよね。」 「お互いな。」 視界に入る、 床に散らばる空き缶たちをなんとなく見つめる。 「会ってちゃんと話すよ。」 「え?」 「別れるよ。ちゃんと。」 蓮ちゃんがはっきりと言葉にしてくれて、 ぶっちゃけオレはずいぶんとホッとした。 あのキスは好きだって・・・ オレたち・・そういう意味で これから付き合っていくってことだよね? ・・なんてことは聞かないし、自分も蓮ちゃんに言ったりしない。 オレは女の子じゃないし、 もうここまで来てお互い気の迷いだったなんて、 言い訳にもならないことを言い出すことなんてしないだろう。 蓮ちゃんはそういう男だから。 でもだから、ハッキリ言われてホッとした。 「オレも。会ってちゃんと別れてくる。」 「ん。」 チラリと蓮ちゃんを見る。 すると蓮ちゃんもこちらをチラリと見た。 絡んだ視線はすぐに外れて、そうして、 視線を外したままで・・・ オレは蓮ちゃんの方に身体を寄せて、 蓮ちゃんもオレの方へ身体を傾けると、 互いに唇を重ねた。 ビールの味がする。 「・・・自分がクレイジーなヤツだなって思ったことは?」 と聞くと 「毎日?」 と答えが返ってくる。 二人して声を出して笑った。 「錯覚とか勘違いとか気の迷いとか。 そう思った方が気が楽だったからなんだろうけど、そんなことばっか考えてた。」 「そっか・・」 おんなじだったんだ。 同じ想いを抱えて、 オレは蓮ちゃんには会いに行けずに、 蓮ちゃんはオレに会いに来るしかできなかったのだ。

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