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第55話

☆ 「ごめん」 オレは彼女の目を見ないでもう一度頭を下げた。 週初めの月曜日の夜。 彼女とよく来たなじみのレストランで、 オレは彼女に別れたいと言った。 会社近くの個室の部屋があるこの店は、 彼女と数回、来たことがある店だ。 土曜日。 彼女からのメッセージは3回来た。 すべて無視した。 既読にすらしなかった。 蓮ちゃんと酒を飲み、 ときどきキスをしていて、あまりに忙しかったのだ。 日曜日。 オレの・・・28歳の誕生日。 朝に来ていた彼女の電話には出ずに、 メッセージを返した。 「ごめん」と謝って、 今日は会えないとだけ短く打って、画面を閉じる。 そしてやっぱりこの日も、 蓮ちゃんと何度もキスをした。 今度は酒は飲まずに。 そうして月曜日。・・・つまりは今日。 夜ご飯に誘うと 彼女からきたメッセージは 明らかに機嫌が悪そうだった。 まぁそれは当然だろう。 日曜日のオレの誕生日に、 いったいどんなプランを立ててくれていたのか、 まったく予想もつかない。 そうして、 今日、誘ったのは 仲直りのための食事なんだと思われてるようにも感じたけれど、 「別れる」と決めていたオレは、 なんの迷いもなく、 「別れたい」と言った。 その個室に入って座った途端、突然、言った。 彼女は一瞬、びっくりした顔をして、 黙って、 けれどもどこか、 わかっていたというような表情をした気がする。 そして、とてもショックだという顔をした。 だから「ごめん」と言った。 「あの・・」 どう言おうか迷いながら、何かを言いかけるオレに 「黙って」 と、彼女が静かに言った。 それはとても静かでとても落ち着いていてとても・・・ 辛そうだなと思った。 だからもう一度、今度は彼女の目を見て 「本当にごめん」と言った。 すると彼女は「信じられない」と言って 「どうしたらいいの?」と言った。 「クリスマスはどうするの?」と言われて、 「よりによって別れ話がどうして今日なの?」と言われた。 彼女のすべての言葉に、 オレはどう答えればいいかがわからない。 黙ってしまったオレに、 賢い彼女はおそらくなにかを察したのだろうか。 もう一度「信じられない」と言ってそうして、 決して取り乱したりせず、泣き出すでもなくて、ただ、 静かに憤慨してテーブルを見てた。 もしくはどこも見ていなかった。

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