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第58話

☆ 金曜日の夜に玄関のチャイムが鳴るたび、 いつだってトクンとオレのどこかが音を立てていた。 それはもう過去のどこを切り取っても毎回そうなって、 慣れるってことはなかった。 そんな中でも今日は特別。 チャイムが鳴る前からずっとドクドクしていて、 さらには今日は、いつもよりずっと早い時間にその音が鳴った。 その音が部屋に響くとひとり、人知れず大きく息を吐く。 全身がバクバクだった。 「よぉ。」 「ん。」 いつもと変わらないって顔をして、 けれども明らかにいつもより緊張して玄関のドアを開ける。 するとソコには、いつもと変わらないって顔をして、 けれど確実に違う、ケーキの箱を持つ、蓮ちゃんがいた。 かっこよく羽織るコートの下にはきっと相変わらず、 昨日、 元元カノになった子にもらったネクタイをしているのだろう。 とはいえ、 オレにとってはそんなことはどうだってよかった。 見慣れたその靴を脱ぐ前に・・・蓮ちゃんはオレをぎゅっとした。 それはまるで、お互いいつもとは違うってことを認めて、 それでいいんだって確認するみたいに。 コート越しのその背中に腕を回すと、自然と息を吐いて瞼が閉じる。 「誕生日おめでと。」 「え?」 「これは誕生日ケーキ。」 「そっか・・ありがと。」 クリスマス当日に、クリスマスよりも 過ぎてしまったオレの誕生日を祝ってくれようとしていることに、 純粋にうれしかった。 先週末、誕生日当日に、 オレは蓮ちゃんと一緒にいた。 何度もキスをして。 けれど、 互いにまだ、彼女がいた。 言葉にはしなくても、 互いにそれ以上のことはしないって決めてることがわかっていた。 だから・・・今日。 きっと今日は・・・ お互い、覚悟を決めているってわかってる。 オレたちはずいぶん長く一緒にいる。 けれども、 蓮ちゃんがどんな風に女の子に接するのか ー―つまりはベッドの上でという意味でー―はまったく知らない。 本当なら友達で親友だったらそんな話もするんだろうけど、 蓮ちゃんとオレ以外の誰か・・・のそんなことには、 どうしたって嫌悪しかわかないんだから、 聞いたことはない。 だからドキドキする。 それはどうしたってそうなっちゃう。 互いに気持ちを認め合って おまけにすべきことのすべてをやり終わったいま、 頭ん中はそんなことでいっぱいだった。 オレは男なんだ。 だから当然だと思う。 女の子相手は「前置き」がいる。 だってプロセスが大切な生き物だからだ。 「ベッドに行くまで」が大切なのだ。 でも男同士ってのはある意味、そこをすっ飛ばせる。 結果重視。 それはほとんど誰でもそうなんだと思う。 例外はあるだろうけど。 少なくともいまのオレたちは、 もういつそういう事態になってもおかしくはない。 それこそもう、たったいますぐにそうなったとしたって、だ。 だから玄関から手を繋いでリビングにたどり着いて、 着くなり蓮ちゃんがオレを壁際に押しやってキスをして、 おまけにそれが舌の絡んだずいぶん深いキスだったとしても、 すべては「ああ・・・わかる」って感じだった。

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