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第72話
☆
8月の空気が容赦なく暑い今日。
帰ってくるなり部屋の電気をつけると、すぐに冷房を付けた。
エコバックをキッチンへ置いて、
背広のポッケから携帯と財布を取り出していつもの場所に置く。
腕時計も外して、携帯の隣に並べて置いた。
背広をかけてネクタイを外すと、Yシャツの袖をまくる。
手を洗って手早くエプロンを付けると、
たったいまスーパーで買ってきた食材をエコバックから取り出して並べていく。
冷蔵庫を開けて一番取りやすい中央手前のその場所に、
カクテキのパックを入れた。
チラリと時計を見ると7時を回ってる。
急がなきゃっと頭の中だけで思って、
独り黙って下ごしらえの用意を始めた。
玄関のチャイムが鳴った。
するとオレのどこかがトクンと音を立てる。
しばらくしてガチャリとリビングのドアが開いて、
自然と顔はそちらを向いた。
「お疲れ~。」
「お疲れさま。」
金曜の夜。
そこに現れた蓮ちゃんは今日もやっぱり、
スーツ姿が似合っている。
もう随分と見慣れたその姿に、
今日も変わらずオレのどこかがトクンとした。
時計を見ればいまは8時をすぎたところだった。
なんとか料理の支度を終え、
軽くシャワーを浴びたところで蓮ちゃんが現れて、
ぎりぎり間に合ったと心の中で思う。
『今日はいつもより早く仕事を切り上げる』ってメッセージが来ていたから、
少し焦っていたのだ。
蓮ちゃんは、今日も暑かった~っと言いながら
お皿を出してるオレの隣で冷蔵庫を開けると、
買ってきたビールを冷蔵庫にしまった。
そのまま、こちらを見ることなく
無言で歩きながらネクタイを緩めて、
Yシャツのボタンを上から二つ外して、背広を脱ぐとソファにかけた。
無意識にそこまで盗み見してからフライパンのふたを開けると、
並べてたお皿に料理を盛る。
きっといまごろ蓮ちゃんは完全にネクタイを外して、
そのハンガーに自分で背広とネクタイをかけているだろう。
そうして、
腕時計を外すと自分と同じようにYシャツを腕まくりして、
手洗いうがいをするために、一旦リビングを出て行くだろう。
金曜の夜。
今日も変わらず蓮ちゃんはこの部屋にやってくる。
相変わらずイケ散らかしたスーツ姿で。
元々カノにもらったネクタイをして。
けれどいまは、
相変わらずではなくなったこともある。
今日、蓮ちゃんが履いてる革靴は、
今年の誕生日プレゼントとしてオレが買ってあげたものだし、
相変わらずこの部屋にやってくるたび買ってくるビールもクラッカーも、
いまはオレのエコバックの中に入ってやってくる。
金曜の夜にやってくる蓮ちゃんは、
この部屋の玄関のチャイムを鳴らしたあと、
オレが玄関に迎えに行くことを待ったりもしない。
蓮ちゃんはいま、この部屋の合鍵を持っているから。
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