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第78話
☆
「「乾杯」」
お互いにプレゼントし合った、それぞれカタチの違うグラスを
軽く合わせる。
ビールを缶ごと飲まなくなったせいか、
ここ最近は二人とも、飲む量が減ってきている。
蓮ちゃんと親友ではなくなってから、
そろそろ1年が経とうとしてる。
毎週金曜日にこの部屋にやってくる蓮ちゃんは
いまではエコバックに缶ビールを詰め込んでやってくる。
この部屋の鍵を持っている。
そうやって変化したこともある中で、
オレたちはほどんど変わってもいない。
たとえば、ただいまのハグや
いってらっしゃいのキスなんてしたことはないし、
蓮ちゃんはいまもオレを「杏野」と呼び、
その音色はもうずっと変わらない、聞きなれたそのままだ。
缶ビールで乾杯をすることがなくなって、
この部屋でキスも、
それ以上のヤラしいこともしていたとしても、
いま、この部屋に流れる二人の空気感は
さほど変わってはいない。
蓮ちゃんを想う気持ちを
どうにか押し殺してた頃と同じ。
オレと蓮ちゃんは恋人であって、
友達でもあるのだと思う。
きっとずっと。
もうずっとそうなんじゃないかなって気がしてる。
「なぁ・・」
「ん?」
斜め左に顔を向ける。
そこには
声をかけた割にはこっちを見ない、
グラスを見つめてるらしい蓮ちゃんがいる。
この見慣れた景色がずっとずっと、続けばいいな・・と、ふと思った。
「俺、引っ越そうって思うんだけど。」
「あ~もう切れるの?」
「そ。」
「そっか。」
蓮ちゃんは
一つのところにずっと住まないのは、
大学時代からもう知っている。
マンションの契約が切れるごとに、
いちいち律義に必ず引っ越すのだ。
オレは面倒で、
なかなか引っ越そうとは思わないから、
ずっと継続しちゃってるけれど。
「で?手伝えって?」
「まぁね。」
蓮ちゃんがカクテキを食べる、
聞きなれたその音が気持ちよく響く。
蓮ちゃんはオレと違って
物持ちが良くて捨てられない性格のせいで
けっこうな荷物がある。
・・・キッチン用品の類はほとんど皆無だけど。
きっと、
引っ越しの日は朝っぱらから一日がかりになるだろう。
勝手に頭の中に、いくつかのネクタイが浮かぶ。
それは歴代の彼女たちの存在の証みたいなもの。
ハンカチやら手袋やらマフラーやら・・・数えきれないくらいにある、
蓮ちゃんと彼女たちの歴史のかけらたち。
いまだ、滅多に行かない蓮ちゃんの部屋にある、
モトカノやモトモトカノやそれより前のモトモトモト・・・の
いくつもある置き土産に思いを馳せる。
知らない間に心の中でため息をついた。
もちろん、
この部屋にだって、
オレがもらってきた元カノたちのいろいろは、
いくつかはある。
正直、とっておいてるというより、
あまりそこに意識が向いていないだけだ。
きっと、蓮ちゃんも同じだ。
もらったそれらにたいして意味はなく、
ただ、
もらったものを大切にしているってだけだと思う。
・・・本人に聞いたことはないから、わからないけど。
そうとわかっていても、
やっぱりあまり、気乗りはしない。
引っ越しの手伝いはいままでずっとしてきたし、
だからネガティブになるとしても本当に
「いまさら」って感じなんだけど、
それでも・・・
引っ越しの手伝いは毎回、
どうしたって多少の気合が必要にはなるのだ。
いまの二人の関係が
友達だけではなくたっていたとしても・・・
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