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第6話
(懐かしいなぁ…。昔はよくこうやって寝かしつけたっけ…)
「お前、妹いたんだな?」
「っうわぁ!?」
兄妹の話をしたせいか物思いに耽っていると、急に声をかけられてフィオレオは驚いて飛び上がった。烏の行水の如くシャワーを済ませ、上半身裸で肩にタオルをかけたガットがそこにいた。
心臓をバクバクさせながらも大きな声を出したことに、慌てて口許を手で抑える。ロッソを確認するが、とても心地よさそうに眠っていてホッと息を吐いた。
「ガット、びっくりさせないでくださいよ」
「お前が勝手に驚いたんだろうが」
「ちょっ、声…シー、ですよ」
「……俺はガキか」
潜めた声で文句を言ったが、ガットは気にせずいつも通りの声量で答えており、口許に指を置いてフィオレオが注意をした。その言い方があまりにも子ども向けで、ガットが不服そうに片眉を上げて抗議する。直前の物思いが抜けていないようだ。
「大丈夫だろ、起きねぇよ。で、お前の妹ってどんなのなんだ?お前と似てんの?」
「うーん、そうですねぇ…」
ガットが言うようにたしかにすやすやと眠っているロッソに安心して、フィオレオも声量に気をつけながら会話を続ける。
聞いてきたにも関わらず、あまり興味がなさそうに濡れた髪をガシガシと乱暴にタオルで拭うガットを見ながらポワワーンと己の頭の上に、妹の姿を思い浮かべる。
「髪の色と癖っ毛なのは似てますけど…他はあまり似てない、かなぁ…。小さくて可愛らしいイメージですね」
フィオレオと同じ白い肌に、金の腰まである長い癖っ毛を垂らして、丸い輪郭、小さな鼻にサクラ色した唇、そして、大きな丸い金色の瞳を思い出して、昼間のロッソの大きな瞳と記憶が重なった。
「まだ14なんですけど…あ、ロッソさんに少し似てるかもしれないですね、大きな目とか」
「へぇ?」
「ただ…」
「ん?」
不意にフィオレオの顔が青ざめ、怯えたように体を抱いてガタガタと震え出した。その姿を不思議そうに見ながら、ガットはベッドに投げ出されていた麻袋からタバコの箱を一つ取り出した。
「その…とてもしっかり者で。本当に…しっかり者過ぎて……。よく叱られていたんですが…それはもう……、誰よりも怖かったですね…」
フィオレオの頭上にいた金髪癖っ毛のぱっちりした目の小柄な可愛らしい少女が、それはもう冷たい視線で見下しながら背後にはメラメラと怒りの炎が燃えている夜叉のような姿に変わり、今にも「フィオ兄さんっっっ」とよく通る声が聞こえてきそうで、思わず耳を手で塞ぐ。
その姿があまりにも情けなくて、出窓の出っ張りに座りながらガットが笑った。
「ふっ…はは、お前、妹にも尻に敷かれてたのか」
「ヴ…、笑わないでくださいよ…」
羞恥心から拗ねたような口調で文句を呟きつつガットもフィオレオを尻に敷いている自覚があるのかと、少し驚く。しかし、嬉しさも込み上げてくるのはなぜだろうか。
「ん"んっ…。それこそ、ガットはどうなんですか?」
ただ、妹の方が強いことが恥ずかしいには恥ずかしいので、これ以上突っ込まれる前にと咳払いと共に話題の矛先を変える。
「何が?」
「兄弟ですよ。ガットはー…そうですね、弟とかいそうですよね」
器用でしっかりしており、何だかんだ世話焼きなことを考えると弟か妹がいそうだ。しかし、ガサツさもあるので、いるなら男兄弟かなとフィオレオは思った。
「あー…でも、どうだろう…」
ふらっとどこかに行ってしまうような自由さは、もしかして一人っ子なのかなとも思い、フィオレオは腕を組んで悩んだ。
ガットはフィオレオの百面相にくくっと喉を鳴らし、考察を聞きながらタバコを一本咥えた。箱にくっついてある薄いシートを剥がすとそこにくっついている黒い炭のようになった魔法石の砂を中指で掬う。近くのテーブルにポイっと箱を投げると、砂のついた中指と親指で勢いよく指パッチンをして、その上に小さな炎が出現すると咥えたタバコの先を突っ込んで息を吸い火をつけた。
ぎゅっと握り拳を作って炎を消すとタバコの煙を十分に肺に浸してから、ふぅと紫煙を吐き出し、同時にガットは答える。
「ああ、そうだな、一人いるぜ、弟」
「そうなんですね!ガットの弟さんなんて、きっとガットみたいにかっこいいんでしょうね」
「さぁなぁ?」
フィオレオが碧眼をキラキラさせて、まだ見ぬガットの弟を想像する。
褐色の肌に黒い髪、切れ長の金目をした少年を勝手に想像するが、ガットを幼くしただけのものであった。そのガット弟もどきが「兄さん」と呼んで、ガットが振り向き頭を撫でる妄想をする。
(うわぁ…っ、か…っ、かっこかわいい…っっっ)
あまりの尊い光景にあやうくフィオレオは心臓発作を起こしそうになり、胸に手を当てて悶えた。
「なに想像してんだよ?いっそ3Pでもするか?」
「ぐっっ、な、な…っっ3、っっし、しししません!!」
フィオレオの挙動不審な動きをおかしそうに笑いながら片方の口角を上げて、ガットがからかうように言う。その言葉に、ガットとガット弟もどきに迫られる自分を想像してしまって、慌てて頭を左右に振って妄想をかき消した。自分はガットが好きだからそういう行為をガットとだけしたいのであって、決してガットと顔形が同じなら良いわけではないと自分に言い聞かせる。
さらに一人芝居をしているかのように表情豊かなフィオレオに、相変わらずくっと喉を鳴らして「なんだ、残念」とガットがにやにやしながら言った。
「~~っ、からかわないで下さいよ、ガット」
フィオレオが悔しそうに軽く睨み付けるが、ガットはどこ吹く風で全く気にしてない。というか、余計に楽しそうだった。
そんなガットを見ながら、ふとフィオレオは思う。
(そういえば、今までこうやって家族の話とか、一緒になる前の話はしたことなかったな…)
ガットもフィオレオもどちらかというと自分のことをあまり話しないタイプで、お互いにそういった類いを話題にするタイミングがなかった。けれど、今まで知らなかったガットの一面を知ることができて、フィオレオの心がぽわっと温かくなっていた。
(ガットが嫌じゃなければ…もっとこういう話もしていきたいなぁ…)
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