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直生について
「ホントに大変だったみたいですよ。一般人向けのチェーン店なら、新メニュー考えたり、人気タレントやインフルエンサーとかを使ってCMを流すなんていう対策を勧めるんですけど……」
間中が湯呑みを持ったまま、ふーっとため息を吐く。
知人の話を始めてからというもの、まるで箸が進んでいない。
食べかけの水餃子が入ったボウルが低い湯気を立てたまま、いたずらに熱気を逃がしていく。
「高級料亭なんて、メディアに頼ってもなかなか集客を見込めないでしょうね」
「ええ、いちおう、テレビカメラを入れたこともあるんですよ。ほら、お高いものと安物とを食べたり飲んだりして比べて、どっちがお高いヤツかを当てる番組あるでしょう?アレで店を紹介してもらったんだけど、まるで効果はありませんでした。まあ、映ったのはほんの一瞬ですし、店の中を細部まで撮ったわけじゃないから、宣伝力も弱いし。都心からかなり離れた地方だからっていうのも災いしてるんですよねえ」
間中がさっきよりも深いため息を吐く。
こんなに悩んでいる間中は見たことがない。
「つまり、お言葉ではありますが……その人は娘さんを金持ちと結婚させて、その相手の金で家の再建を図りたい、ということですか?」
間中から聞いた話を、総治郎はこう解釈した。
「まあ…そういうことになりますね。あ、ちなみに娘さんじゃなくて息子さんですよ。花比良さんのお子さんはオメガの男性なんです」
間中は気まずそうに小さく咳払いした。
どうやら、総治郎の見解は図星らしかった。
「なるほど…それにしても、えらく悩まれてますね。その人に何か急かされてるんですか?相手を連れてこないとまずいご事情でも?」
間中の尋常ならざる様子が気になって、総治郎は思わず余計な詮索をしてしまった。
「いやあ、花比良さんには昔、散々お世話になったんですよ。それなりの恩もあるから、なんとか役に立ちたいんですよね」
「なるほど」
総治郎は箸置きに箸を置いた。
深刻な間中の様子が気になって、もはや食事どころではない。
「成上さん、どなたかいらっしゃいませんか?結婚相手を探している人。なるだけ、お金がある人だと助かるんですが」
「うーん…」
いるわけがない。
「経済力がある」という点だけならば、何も問題はない。
総治郎には、そんな友人知人はたくさんいる。
しかし、総治郎の友人知人は、ほとんどが同年代の男でかつ、大半は既婚者だ。
数えられるほどながら、独身の者はいるにはいる。
しかし、そういう手合いは大体が独身主義で、家庭に縛られるよりは孤独でいたほうがマシと考えていることが多い。
「まあ、そう簡単には見つかりませんよねえ…その息子さん、直生くんってお名前なんですけど、まだ若くてキレイで気立てもいいだけに、本当に残念でなりませんよ」
察しの良い間中は、総治郎の答えを早くに理解したらしい。
「その直生さんは、今おいくつになられるんです?」
総治郎は今度は、その主人の息子のことが気になった。
家の再建ために結婚することを、どう思っているのだろうか。
「25歳です」
「…25歳」
総治郎は唖然とした。
「じゃあ、なおのこと私は結婚相手に向いてないかと…」
「うーん、まあ、成上さんと花比良さん、そんなに歳離れてないですしね…」
間中の言葉に、総治郎はまた驚かされた。
間中は総治郎より一回り歳上だし、そんな間中の知人というからには、花比良家の主人も間中と同い年くらいだと思っていた。
したがって、その息子だってもう少し歳上なのだろうと踏んでいたし、どう若く見積もっても、せいぜい30代半ばくらいだと仮定していた。
それだけに、総治郎には20代の若者と結婚する未来なんて、まるで想像できない。
「私はもう50ですし、両親ともにベータという出自で、いわば成金ですよ?その息子さんとはどう考えても釣り合わないかと…」
この歳になって結婚というのも充分に考えられないのに、まして20代の若いオメガを妻にするなんて、もはや狂気の沙汰とかしか思えなかった。
そんなに歳若いオメガの青年を、こんな棺桶に片足突っ込んだ中年に宛てがうつもりでいるのだから、間中もどうかしている。
「あー…いや、向こうさんがね、それなりの経済力があるなら、年齢や出自は問わないとおっしゃるもんですから」
間中が取り繕うように言った。
「だったらなおのこと、ほかにいい人がいるかと思います。その言い様なら、容姿とか学歴とかも構わないんでしょう?」
「まあ…そうでしょうね」
そのあたりは詳しく聞いていないらしく、間中は曖昧に答えた。
「しかし、その直生さんという息子さんは、家のために結婚することに対してどう思ってるんでしょう?」
「さあ?本人からは何とも…シャイというのかお淑やかというのか、大人しくて、あんまり話さない子ですからねえ。
成上さん、どうです?成上さんのところで働いてる幹部の人とか、取り引き先の人とか…」
「わかりません。まあ、そこまで言うなら、私も片っ端から探してみますよ。昔のよしみですから」
「ありがとうございます」
間中がテーブルの縁に手をつき、頭を下げた。
「何なら、その直生さんと顔を合わせるだけでもしてみましょうか?
そしたら、かろうじて「相手を探して、紹介はしてくれてる」って大義名分はできるし、面目も立つってもんでしょう?」
「成上さん、いいんですか?」
深刻に悩んでいた間中の顔が、パッと華やぐ。
「ええ、なんとか頃合いを見計らって、うまく断りますよ。間中さんの顔を立てるように努めますから、ご安心ください」
「助かります!本当にありがとうございます!」
間中が大げさなくらいに何度も頭を下げる。
「いやあ、助かります。いろんな人に声かけたんですけど、なかなかみんな首を縦に振ってはくれなくて…」
間中が箸を持ち、水餃子を次々と口に運んだ。
安心を得たことで、もとの食欲が戻ってきたらしい。
「まあ、言い方は悪いですが、あからさまな金銭目的での結婚とあってはね…」
「うーん、それを差し引いても、花比良さんの家はわりと由緒正しいお家柄だし、直生くんはホントに若くてキレイでいい子なんですけど…」
言いながら間中は水餃子を完食した。
「そうですか」
間中の話をやり過ごしながら、総治郎は燕の巣のスープをレンゲですくって飲んだ。
総治郎は今日、燕の巣なんてものを初めて食べた。
これはその入手の難しさから、値が張るものだと聞いていたので、少し楽しみにしていた。
しかし、初めて食べた燕の巣は、別に美味しくないわけではないが、そんなに驚くほどの味でもなかった。
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