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お見合い

そうして迎えたお見合いの日。 日時だとか場所だとか、手間のかかるセッティングは全て間中が行い、送迎と同行まで引き受けてくれた。 場所は花比良家が運営している料亭で、時間は午後13時ごろ。 総治郎はこの日のために髪を染め直し、いつも着ているスリーピースのスーツもクリーニングに出して整えてきた。 間中の顔を立てるため、不恰好なマネはできないからだ。 「成上さん、こちらです」 料亭から2、30メートル離れた場所にあるコインパーキングに車を停めて、間中は料亭までの道のりを教えてくれた。 「すごいな…」 間中についていくと、見事な装飾を施された赤塗りの門が、総治郎を出迎えてくれた。 「江戸時代から続く老舗中の老舗ですからね」 もはや勝手知ったるといった様子の間中が、慣れた手つきで門を開け、中に入っていく。 それについていくと、奥ゆかしくも華やかな日本庭園が視界いっぱいに広がっていた。 少し向こうでは鹿おどしが鳴り響き、太鼓橋がかかった池があり、その中では何匹ものまるまる肥えた錦鯉が優雅に泳いでいるような、風情のある料亭だった。 「ああ、間中さん!」 男の声がした。 声のする方へ目を向けると、その声の主がどんどんこちらへ近づいてくる。 「こんにちは、花比良さん。こちら、成上総治郎さんです」 「はじめまして、花比良さん」 名前を呼ばれて、総治郎は礼をした。 「はじめまして、成上さん。花比良康陽(こうよう)と申します」 花比良氏も総治郎に応えるようにして礼をした。 礼の言葉ひとつお辞儀ひとつ取ってみても伝わるその穏健さに、総治郎は感心した。 江戸時代から代々続く大きな家の主人である彼と、成金の自分との違いを感じたのだ。 総治郎とさほど違わない歳の花比良氏は、背丈も総治郎とさほど違わない180センチぐらい。 肩も胸も厚くて恰幅がよく、顔の輪郭は四角い。 太い眉に垂れた目尻、唇は薄くも厚くもなく、笑うと小鼻が横に広がる様は、人が良さそうに見える。 花比良氏の背後には、花比良氏と同じくらいの年頃の女性と、若い男が立っている。 女性はおそらく花比良氏の妻であろう。 色白でほっそりしていて、並行な眉に、夫と同じように垂れた目尻、白い肌には歳相当にシワがあるが、シミやくすみは見当たらない。 いかにも上流階級のご夫人といったような、上品な女性だ。 「はじめまして、妻の京子(きょうこ)と申します」 花比良夫人がにっこり優雅に微笑みかける。 「はじめまして、成上です」 「ほら、挨拶なさい」 総治郎が挨拶すると、花比良夫人が息子に促した。 「…はじめまして、直生です」 母親に言われた通りに、息子が挨拶する。 ──この子、本当に25歳か? 初めて顔を合わせたときの、直生の第一印象はそれだった。 身長は160センチ前後しかなく、着物に包まれてはいても、体がほっそりしているのが嫌でもわかる。 この体格は花比良夫人から受け継いだものであろう。 大きな瞳に平行な眉、ふっくらした唇、丸い頬は愛らしい反面、子供っぽさが際立つ。 幼顔が過ぎて、見ようによっては高校生くらいにも見える。 とてもじゃないが、結婚相手として見られる感じがまったくしない。 「初めて会った親戚の子ども」といったような、あまりにも遠い存在のように感じられる。 これが、直生と総治郎の出会いであった。 「……あ、はじめまして、成上総治郎です」 直生の容姿の、あまりのあどけなさに驚いて唖然としていた総治郎は、ハッと我に帰って挨拶を返した。 「では、あとは2人きりで過ごしてくださいな。間中さんはこちらへいらしてくださいませ。お茶とお菓子をご用意していますから、ごゆっくりなさってください」 花比良夫人がそう言って、花比良氏と間中も合わせて3人、その場から立ち去っていった。 通常、こういうときは「あとは若いおふたりで」と言うのだろうけど、あいにく総治郎は決して若くはない。 それを花比良夫人もわかっているのだろう。 だから「2人きりで」という言葉を選んだのだ。 ──まいったな… 直生と2人きりにされた総治郎は困り果てた。 思えば、20代の若者と話したのはいつが最後だったかさえも覚えていない。 40代で重役となってからも、若手の教育には何度も携わった。 しかし、それはあくまで仕事の上でのことだし、ある程度の教育を済ませてしまえば、後は現場の人間に任せてきた。 「ねえ、立ちっぱなしも難ですから、あちらで座ってお話しませんか?」 何を話せば良いのかと考えあぐねているうち、向こうから話しかけてきた。 改めてよく聞くと、思った以上に高い声をしていて、これまた驚かされる。 「ええ、そうですね…」 言われた通り、直生の指差した方向にあるベンチまで、2人で歩いていく。 思わずかしこまって敬語で返してしまったが、冷静になって考えてみると敬語で話すべきなのか、そうでないのかさえもわからない。 「あー…」 見事なデザインのアイアンフレームベンチに2人並んで座ってはみるものの、やっぱり何を話したら良いのかわからない。 たとえば総治郎が20代30代であったらなら、もしくは向こうが同じ40代後半から50代前半くらいであったなら会話の切り口も見えただろう。 若者と接する際、ハラスメントにならないような気配りや言葉遣いは学んできたが、お見合い相手となれば、話は別になってくる。 ──下手な口を聞くと反感を買いそうだし、あまり他人行儀な話し方も印象が悪くなりそうだし、どうしたものかな… 「ねえ、総治郎さん」 あれこれ考え込んでいるうち、向こうから話しかけてきた。 「えっと、何ですか、直生さん」 あるこれ悩んだ総治郎は、結局は敬語で接することにした。 曲がりなりにも目上の人の御子息様相手なのだし、あまりフランクに話せる間柄でもないから、これが妥当だろうと考えたのだ。 「結婚式の日取りですとか、場所ですとか、いつになさいます?」 「え?いや、それはまだ決めていません」 総治郎はキョトンとした。 普通、こういうときは「ご趣味は?」などと聞いてくるものだと思っていたので、あまりにも気の早い質問に戸惑った。 「子どもは望んでいますか?だとしたら、何人欲しいだとか、希望はございますか?」 「い、いや…そこもまだ、考えてはいません」 この後も直生は、総治郎の両親はいくつか、将来的に自分が面倒を見るのか、住まいはどこにするのか、もし子どもが産まれたらどのように育てるかなど、会ったばかりにしてはやたらと気の早い質問を延々と投げかけてきた。 そのたびに総治郎は、当たり障りのない同じような答えを返すほかなく、お見合いは何の進展もなく終わった。

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