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花比良氏からの電話

それから1ヶ月くらい経った頃合いに、花比良氏から電話がかかってきた。 「もしもし、成上ですが…」 「ああ、成上さん。ご無沙汰しております!」 教えていないにも関わらず、どうやって番号を知ったのか。 おそらく間中から聞き出したのであろう。 そして、わざわざ電話してきた用事というのはきっと、「また会って欲しい」という旨に違いないと総治郎は推測していた。 しかし、その読みは見事に外れた。 「成上さん、結婚式の段取りは、こちらで進めさせていただいても構わないでしょうか?」 「は⁈」 いきなり結婚式の話をされて、総治郎は間抜けな声を出した。 「いや、段取りも何も…」 そもそも、この縁談は断るつもりでいたはずだ。 花比良氏は何を言っているのだろう。 結婚式の段取りとはどういうことだ。 総治郎はわけがわからなかった。 いったいどう返せばいいのかと焦っていた矢先、スマートフォンが鳴った。 その画面には、「間中さん」と名前が表示されている。 「えっと…すみません、スマートフォンが鳴りましたので、後でまたかけ直しますね」 ちょうどいいタイミングで連絡してきて、断る口実を作ってくれた間中に内心感謝しつつ、総治郎は花比良氏からの電話を切った。 「もしもし、間中さん?」 総治郎はスマートフォンを手に取ると、画面に表示された通話ボタンを押した。 「もしもし、成上さん。花比良さんから電話かかってきませんでした?」 電話の向こうから聞こえる間中の声は、どこか焦っているように聞こえた。 「かかってきました。なんか、結婚式の段取りがどうとかいう話で…」 「すみません、成上さん。 どこでどう話がこじれたのかわかりませんが、花比良さん、成上さんが直生くんに会ってくれた時点で結婚を決めたものと誤解したらしくて…多分、私の言い方が悪かったのかな……すみません、本当に」 間中が申し訳なさそうな声色で謝罪する。 「ああ、なるほど…」 間中は気づかわしげだが、総治郎は疑問が解けてスッキリした心地になった。 なるほど、間中の言うとおりなら、お見合いの際に直生が結婚式だの子どもだの、初対面にしては気の早い話題を振ってきたのも合点がいく。 「私からもワケを説明して、なんとか向こうに場をおさめてもらいましょう。 成上さん、もう一度、私と一緒にあの料亭まで行って、花比良さん夫妻に会ってくださいませんか?直接会って話し合って、なんとか断りましょう!」 間中の声に含まれた焦りが、より強くなっていくのを感じた。 これはあくまで総治郎の推測だが、料亭での話し合いの場でトラブルになる可能性は高い。 向こうから「話が違う」「よくも騙したな」などと言われるかもしれないし、その言葉をこちらが口走ることになるかもしれない。 「そうですね、そうしましょう」 「本当にすみません。変なことに巻き込んでしまって…」 間中が本当にすまなさそうな声で謝罪してくる。 今にも泣いてしまいそうなくらいだ。 長年の付き合いがある相手を、面倒ごとに巻き込んでしまったことに、罪悪感を感じているのだろう。 「いえいえ、お気になさらず。この事態が終息したら、またどこか食事に行きましょう」 ひとまず間中に安心して欲しい一心で、総治郎はなだめるように答えた。 ──トラブル処理なんて、いつぶりだろう 後になってみて総治郎は、この事態を軽く見ていた自分を恥じることになる。 何らかの行き違いから生じたトラブルなど、仕事の上で過去に何度も経験してきたし、そのたびに解決できた。 だから、今回だって後腐れなく解決して、また元の日常に戻れるだろうと思っていたのだ。 後日、総治郎は間中と一緒に、花比良夫妻に会いに行った。 花比良家が運営する料亭の一室。 古くから使われてきたのであろう黒塗りの卓袱台を挟んで、総治郎と間中は花比良夫妻と二対二で向かい合うようにして座っていた。 ──さて、何と言われるのか… 相手の出方次第で、自分の出方も変わってくる。 総治郎は、花比良夫妻の言葉を待った。 「間中さん、成上さん、このたびはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません!」 花比良氏が深々と頭を下げた。 「申し訳ございません。その、こちらの早とちりでして…」 続いて、花比良夫人も頭を下げる。 もう少し揉めることを想定していたから、顔を合わせて早々、謝罪されたことに総治郎は少し驚いた。 ──これは、案外あっさり終息しそうだな… 向こうがこうも簡単に折れてくれるなら、この事態はすぐ終息できるだろう。 総治郎はそう踏んでいた。 「いえ、単なる行き違いとわかったようなら、それで結構です」 未だ頭を下げ続けている花比良夫妻を、総治郎はなだめた。 花比良夫妻がゆっくり頭を上げて、花比良氏が口を開いた。 「申し訳ございません。何せ、これまで何度も会うことさえ断られてしまうし、会ってはくれてもその次は無いし、連絡もつかないという有り様だったもんですから…」 花比良氏が額にかいた脂汗を拭った。 それでもなお、花比良氏の顔にはかなりの量の脂が浮き、それがテラテラと光っている。 総治郎もしょっちゅうこんな風になるし、何なら今そうなっているかもしれない。 「主人の言う通りなんです。ですから、会ってくれると聞いて、直生も嬉しそうにしていました。それで、わたくしどももついつい舞い上がってしまって…」 花比良夫人が続ける。 ──アレは嬉しがってたのか? 総治郎は、お見合いのときの直生の様子を、頭の中で反芻してみた。 しかし、会話を繋げるのに躍起だったこともあって、なかなか思い出せない。 そもそも、近頃は歳のせいか記憶力も衰えてきているし、そのせいで直生がどんな様子だったかもほとんど覚えていない。 「いえ、そういうことでしたら、別に何も言うことはありませんよ。私は何もできませんが、直生さんが良縁に恵まれることを願っています」 総治郎は深々と頭を下げた。 それに続いて、間中も頭を下げる。 「とのことです、花比良さん。今回のことは残念でしたけど、また誰かいい人を紹介しますから…」 今度は間中がフォローしてくれた。 ──この話は、一件落着ということだな 後は向こうの了承を待つだけだ。 そう思っていたが、花比良氏からは思わぬ答えが返ってきた。 「……あの、成上さん、勝手なことを言っているのは百も承知です。どうか、うちの直生をもらってやってくれませんか?」 花比良氏が卓袱台の脇に移動して、総治郎と間中の方へいざり寄ってきた。 花比良夫人も同様だ。 ──は⁈ 総治郎は困惑した。

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