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親友について
「何度も聞くけど、お前は本当にいいのか?向こうがくれるって言ってた土地や株券も、結局は断っちまったんだろう?」
大成が鯖の水煮を箸でつまんでは、次々に口に放り込む。
「むこうの家の財政キッツイのに、それまで貰うのは気が引けるんだよ。それに、そんなの受け取ると、物々交換みたいでイヤじゃないか?」
総治郎はすっかり温くなった緑茶を一口、口に含んだ。
「物々交換っていうか、この場合はほとんど人身御供だよなあ、ナオキくん」
その「人身御供」の結婚相手が自分である。
普通、本人の目の前でそんなセリフを吐くものだろうか。
──本当にコイツは昔から無神経なヤロウだな…
緑茶が入った湯呑みを持ったまま、目の前で食事を摂る親友を、総治郎は呆れを含めた眼差しで見つめた。
「その子の弟、まだ15歳だよな?うちの上の子と同い年だぜ?親子ほど歳離れてるってレベルじゃねえよ。その子の弟とお前、親として見ても歳食い過ぎてるぞお前」
「うるさいな…」
そう、この男、竹馬大成は2児の父親なのだ。
上の子が直生の弟と同じ高校1年生。
下の子はたしか中学2年生だったはずだ。
「うちのせがれも比較的歳食ってから生まれた子どもだからさあ、参観日とか運動会とか行くと、周りの父親がみーんな気を遣って敬語使うわけよ。別に何も偉くねえのにさ。俺より若いけど5人の子の父親とか、中には10代で父親になった人までいて…話題が合わねえし気まずいしでしんどいのなんの」
「でも、なんだかんだ言って自分の子どもはかわいいんだろ?」
「かわいくねえよ。野郎は体ばっかりデカくなってボーボーだし、女の子はある程度大きくなるとオヤジの存在そのものを嫌がるし…」
大成は愚痴をこぼし続けるものの、あまり不幸そうには見えない。
彼は既婚者だが、いわゆる「できちゃった結婚」「授かり婚」という形で結婚したクチだった。
当時付き合っていた彼女から妊娠を告白され、それで結婚を決めたのだとか。
最初は大成も戸惑ったものの、のちに「結婚してよかった」と言っていた。
妻は妻で思いがけない妊娠に戸惑い、どうしたらよいかわからず、これを告げられた大成がどう出るかで今後を決めるつもりでいたという。
つまり、「おろせ」と言われたらそうするつもりであったらしい。
「まあでも、今の奥さんとの結婚は間違ってなかったと思うんだろう?」
総治郎は味噌汁の具を口に入れて、汁をすすった。
「まあな。不妊に悩んでる夫婦とかに比べたら、運がいいと思うよ」
大成が茶碗に残った白米を食べ切り、味噌汁も飲み干す。
──相も変わらず食い終わるのが速いな
総治郎と話しているうち、大成は注文した料理をあっという間に完食してしまっていた。
「それならいいだろう」
もっとも、総治郎ももうすぐ食べ終わりそうだ。
この店の料理は美味しいから、食も進んでついつい早食いしてしまう。
「俺のことより、今はお前のことだろ。よくよく考えてみたら、俺だって成り行きで結婚したようなもんだ。人のこと言える立場じゃねえわな。親友として、結婚生活がうまくいくことを願ってるよ」
大成はニッと笑って、祝いの言葉を述べてくれた。
この親友は後に、結婚式にも参加してくれたし、ご祝儀もよこしてくれた。
あの苦々しい結婚式において、これだけは唯一の救いと言えた。
直生と結婚するまでの記憶をたどっていくうち、総治郎が運転するセダンがU駅の劇場に到着した。
今日の観劇は数ヶ月前から楽しみにしていた演目だったから、総治郎は今までの苦悩などすっかり忘れて、軽い足取りで劇場内へ入っていった。
そこから約2時間後、観劇を終えた総治郎は、物販コーナーを物色した。
舞台のパンフレットや役者のブロマイドなんかがずらりと並んだ台を前に、何を買おうかとしばらく考えこんだ。
──この役者がいいな。今日が初舞台だと言っていたけど、将来有望そうだし、今のうちに買っておこう
ひとりの若手の男性役者のブロマイドが目に止まり、総治郎はパンフレットと一緒に、その役者のブロマイドを何枚か買って帰ることにした。
買ったものを物販のスタッフに包んでもらい、劇場のロビーに向かう。
──ちょっと休むか
ロビーの長椅子に座ると、パンフレットを開いて、役者のプロフィールが載ったページを開く。
先ほど、総治郎がブロマイドを買った若手役者のプロフィールも載っていた。
年齢を確認したところ、25歳だという。
──同い年か…
若手役者が直生と同い年だと知って、総治郎はますます直生が遠い存在のように感じた。
総治郎の目に止まったこの若手役者は体格がよく、声も動作もすべてが溌溂としていた。
本来なら直生は、こんなに若く美しい男と添い遂げるのが妥当なのではないか。
それを思うと、ずきりと胸が痛む。
──ジムに行こう
そうすれば、この胸の痛みも和らぐであろう。
総治郎は長椅子から立ち上がり、パンフレットをしまうと、セダンを停めている駐車場まで早歩きで向かった。
自宅から少し離れた位置にあるスポーツジム。
総治郎は更衣室でTシャツとジャージに着替えると、エアロバイクやらランニングマシンやら使って、体を動かし始めた。
このジムに通って、もう10年以上経つ。
きっかけは月並みな話、加齢による体重の増加だった。
30代も後半にさしかかると、代謝も落ちてきて、体重も大幅に増える。
医者からの指示もあり、健康管理も兼ねてのダイエットで始めたジム通いだが、今となってはすっかり日常の一部と化していた。
始めた頃は億劫で仕方なかったのに、今は多少は運動しないと落ち着かなくなってしまっている。
総治郎はしばらく走った後、呼吸を整えるため、ランニングマシンから下りて、しばらくその場に立ち止まった。
ランニングマシンの持ち手にかけていたフェイスタオルで汗を拭きながら、ふと、壁際に置かれたスタンドミラーを見た。
──やっぱり、どれだけ鍛えてもオッサンはオッサンだな
鏡に映った自分の体は、筋肉こそついてはいても、皮膚や肉はたるんでいる。
少し向こうには、ここのジムの受付カウンターがある。
そこでは、たくましい体をした若い男性スタッフが、先ほど来たばかりの女性客に対応していた。
──何したって、若い子には負けるよなあ…
溌溂とした若者を見ると、ついため息をこぼしてしまう。
今に始まったことではない。
路地を早歩きしていても、後ろから若者がどんどん追い抜いていく。
大した段差もない階段の昇り降りで息が切れ、その脇を若者が通り抜けていく。
そのたびに、自分の加齢を実感して嘆きたくなるのだ。
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