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誘い

「帰ったぞ」 家に入るなり、総治郎はさっそく話し合いを始めようと急いで靴を脱いだ。 ──靴はない…ってことは、誰も来てないな。相手はあとで来るのか? 土間に置いてある靴を確認すると、直生の靴しかない。 総治郎より2~3センチほど小さい直生の靴は、いつも土間の片隅に置かれている。 結婚した際に何足か買い揃えたのだけど、どれも大した汚れや傷などは見当たらない。 買ってからさほど年月が経過していない、というのもあるだろうが、あまり頻繁に外出していないことも原因であろう。 「…直生?」 リビングまで続く廊下を歩いて、直生の名前を呼んだ。 いつもなら律儀に出迎えてくれて、帰りの挨拶を欠かしたことなんて1度もないのに、どうしたことだろう。 「総治郎さん……」 直生が自室から、ふらりと出てきた。 「おい、体調が悪いのか?」 直生がおぼつかない足取りでこちらに近づいてくるのを見て、総治郎は驚いた。 顔はピンク色に染まり、目が潤んでいる。 その様子から、明らかに只事ではないのがわかった。 薄手のガウンを着ていて、そのV字の合わせから覗く胸元までピンク色に染まっている。 ガウンの色が淡いクリーム色なので、なおのこと肌の紅潮がはっきりとわかる。 「休んでなさい、無理して出迎えることないだろう」 総治郎は直生の肩を掴んだ。 その肩から、総治郎の手に伝わる熱がすさまじい。 それだけで直生の体温が異常に上がっているのが、嫌でもわかってくる。 「…はい」 直生は自分の頭を総治郎の胸に預けるように寄りかかった。 総治郎は直生の腰を持って、引きずるように直生の自室まで運んでいった。 幸い、部屋のドアは開けっ放しだったから、結構に運びやすかった。 「大丈夫か?」 直生を仰向けにしてベッドに寝かせると、総治郎は赤みがかった直生の額に手を当てた。 その途端に、総治郎は背筋にぞくりと「何か」が通り抜けるような感覚に見舞われた。 同時に、自分の体温が上がり、息もあがってきていることに気がついた。 それだけではない。 何やら強烈な甘い匂いが、銃から発射された弾丸のように鼻の奥を突いた。 下半身が異常に熱くなり、スラックスが窮屈に感じられる。 この感覚は知っている。 ──発情期か! 直生は発情しているのだ。 総治郎はあわてて手で鼻と口を塞ぎ、直生から離れた。 「総治郎さん…」 ベッドの上、直生がゆっくりと半身を起こす。 「直生、寝てなさい!抑制剤はどこだ⁈どこに置いてあるんだ?」 部屋のドアノブに手をかけ、総治郎は薬を取りに行こうとした。 しかし、いつまで経っても直生からの返答がない。 突然、直生がもぞもぞ動いて、ガウンの紐を解いた。 「直生?」 総治郎は唖然とした。 直生がガウンの下に着ていたのは、オーガンジー素材の白いベビードールだった。 それと、今にもはみ出してしまいそうなくらい小さいサイズのレースの白いTバック。 「……総治郎さん、わたしのこと、オンナにしてください」 直生が総治郎に向かって脚を開いた。 何を言っているのかと思うより先に、総治郎は体が動いた。 気がつくとベッドに乗り上げていて、直生の華奢な体を組み敷いていた。 体は衝動の赴くままに動く一方で、頭はやけに冷静だった。 こんなことをしてはいけない。 直生は番にせず、家事も仕事もさせず、金も恋も自由にさせるつもりでいるのに。 頭の端ではそんなことを考えているのに、走り出した衝動はもう止まらない。 直生が身につけているベビードールもTバックもすべて引きちぎるように剥ぎ取ると、足首を掴んでこちらに引き寄せる。 シーツの上を滑っていく白い肌は、若さゆえか弾力に富み、絹のようになめらかな感触がした。 「あっ…総治郎さん!」 指の腹が食い込むくらいに強く直生の膝頭を持ち、大きく開かせる。 見てみると、直生のそこはすっかり濡れそぼり、それはまるで「早くきて」とねだっているようにも思えた。 自分の意思とは無関係に、体は勝手に動き続ける。 気がつくと、スーツのジャケットもシャツも取っ払い、ベルトを外してスラックスと下着を脱ぎ、猛った男根を直生の胎内に突き挿れていた。 大した前戯もしていないのに濡れた胎内は、あっという間に男根を呑み込み、強く締め付けてくる。 そこから駆け巡ってくる快感に脳がやられて、まったくブレーキがかからない。 「ああんっ…すごいッ!」 総治郎が本能の赴くままに体を揺さぶると、直生は恥も外聞もなく喘いだ。 「あ、はげしい…ッ、すごいぃ…」 総治郎に蹂躙されながら、直生が声を漏らした。 その目は驚きで見開かれ、あらぬ方向を見つめていた。 しかし、驚いているのは総治郎も同じだ。 50歳ともなると、誰かに色気を見出すことはあっても、体が昂ることはない。 要は、まったく勃起しないのだ。 しかし、今は違う。 おそらく、直生のフェロモンが強力な精力剤となっているのだろう。 それを差し引いても、自分の中にこんな精力が残っていたことに、総治郎自身が驚き戸惑った。 そんな総治郎の感情などまるで無視して、動物的な本能が体を操る。 唇は直生の乳首に吸い付き、両手は直生の両手首を掴んで離さない。 体を揺さぶるたびに男根がより強く締めつけられ、感じたことのない快感が襲いかかってくる。 ──まずい! 自分の意思とは無関係に、唇が直生の首筋まで近づく。 「あっ、そうじろ、さん、わたし…もうッ、だめえ…」 直生が口走った。 どうやら絶頂が近いらしい。 それは総治郎も同じことで、込み上げる射精感が抑えられない。 「あっ、やっ…なにこれえ⁈あっ、あああっ!!」 そう言った途端、直生はあっという間に絶頂を迎えた。 一瞬遅れて、総治郎も直生の胎内で射精した。 内包されていた熱が鎮まると同時に、総治郎は男根を直生の胎内から引き抜いて、サーッと青ざめた。 柔らかいシーツの上、目の前で横たわる一糸纏わぬ姿の直生は、行為後の余韻なのか、はーっはーっと胸を上下させて深呼吸していた。 汗ばんで濡れた肌が、火照って薄いピンク色に染まっている。 ──なんてこった! 総治郎は悟ってしまった。 自分は、決して越えてはいけない一線を越えてしまったのだと。 「総治郎さん…」 目の前の恐ろしい光景に愕然とした矢先、あさっての方向を向いていた直生の視線が、総治郎に向けられた。 そこで、総治郎の意識は途絶えてしまった。

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