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事後のバスルーム

膝頭を掴まれて、脚を広げられる。 そのときの総治郎の目といったら。 まるで獲物を目前にした肉食獣みたいに、ギラギラと鋭い光を放っている。 初めて会ってから今に至るまで、こんな総治郎は見たことがない。 フェロモンに脳を完全支配され、理性がなくなっているのだろう。 あまりの豹変ぶりに困惑する反面、奇妙な恍惚も感じていた。 理性を失った総治郎はスーツのジャケットもシャツも取っ払うと、ズボンと下着をずらした。 いきり勃った男根が頭を出したと同時に、その男根が直生の胎内に一気に入り込んでくる。 「ああんっ…すごいッ!」 総治郎が本能の赴くままに体を揺さぶると、直生は恥も外聞もなく喘いだ。 何の前戯も愛撫もなく突き入れられたのというのに、あっという間に呑みこめてしまった。 自分の体はこんなに柔軟性があったのかと、直生は自分自身に驚いた。 初めてのときはとてつもなく痛い、という話を聞いたことがあるのだけと、アレはまやかしだったのだろうか。 「あ、はげしい…ッ、すごいぃ…」 自分でするのとは比べものにならないほどの快感が、体中を駆けめぐる。 これほど気持ちが良かったことはない。 あまりの快感の強さに、自分の体が怖くなるくらいだ。 総治郎が乳首に吸い付いてきて、さらに強い快感に襲われる。 こんなことをされたのは初めてなだけに、驚きもひとしおだ。 「あっ、そうじろ、さん、わたし…もうッ、だめえ…」 総治郎の唇が、首筋に触れる。 熱い吐息がかかったと同時に、がぶりと歯を立てられた。 ──うそ⁈ 直生は勘づいた。 今のこの瞬間、自分たちは番になったのだ。 その矢先に、さっきよりもはるかに強い快感と射精感が押し寄せてきた。 「あっ、やっ…なにこれえ⁈あっ、あああっ!!」 性交によって射精する感覚は、自分でするのとはまるで違っていた。 その感覚に、直生は思わず困惑の声をあげた。 直生が射精した途端、総治郎の熱い精液が胎内に注がれたのを感じた。 ──番になるって、こういうことなんだ 絶頂の余韻はまだ残り続けていた。 体はべっとりと汗ばみ、胸を打つ鼓動が異常に速い。 言うことを聞かない体を落ち着かせるため、直生はおもいきり息を吸ったり吐いたりして、呼吸を整えた。 「総治郎さん…」 ようやく落ち着いた直生は、自分を見下ろす総治郎の顔をうっとりと見つめた。 しかし、電気のついていない薄暗い部屋では視覚が上手く働かず、総治郎がいったいどんな顔をしているのかもわからなかった。 どんな顔をして自分を見つめているのか、それを確認しようと、直生は半身を起こそうとした。 その途端に、総治郎は直生の隣に倒れるようにして寝転んだ。 ──帰ってきてすぐにこんなことしたから、疲れたんだ… 自分の願望のために、夫にこんな無茶をさせたことを反省しつつ、直生は総治郎を起こさないように忍び足でベッドから下りた。 床にはさっき脱がされた下着と、総治郎のスーツが落ちていた。 直生はそれらをすべて拾い上げると、バスルームに向かった。 体中が汗でベタベタするし、下着と服を替えたかった。   ──洗い流すの、ちょっともったいないかも… 持ってきた洗濯物を脱衣所で分けながら、直生はそんなことを考えた。 先ほど激しく愛された体には、総治郎の汗や手垢も大量に付着していたからだ。 直生はバスルームに入ると、壁に取り付けられたリモコンボタンを押した。 「運転 入/切」の次に「自動」と表示されたボタンを押すと、熱い湯がバスタブに注がれて、バスルーム全体に湯気が立ちのぼってくる。 バスタブにお湯が張られている間に、直生はシャワーで汗を流すことにした。 そうして、シャワーコックをひねろうとしたそのとき、バスルームの姿見に、自分の姿がはっきり映っていることに気がついた。 このバスルームの姿見には、曇り止め加工がなされたフィルムが貼られていて、熱気がかかってもよく見えるようにできている。 そのため、総治郎が体中に吸い付いたことでついた皮下出血の痕までもが、はっきりと見た。 そして首筋には、くっきりと深く刻まれた歯形。 総治郎と直生が番になったという、何よりの証明である。 ──こうして見ると…総治郎さん、ホントに口が大きいんだなあ 直生はそんなことを考えながら、シャワーを浴びはじめた。 口があんなだと、食事はどんなふうに摂るのだろうか。 食事どきの様子と夜の様子は、だいたい共通しているという話を聞いたことがあるが、それは本当であろうか。 最中の総治郎は激しかった。 それを踏まえて考えてみると、いつもは鷹揚に構えている総治郎も、意外に荒々しい食べ方をするのかもしれない。 それはそれで、見てみたい気もする。 実を言うと直生は、今まで総治郎と2人で食事したことが1度もない。 お見合いのときは会食なんかもしなかったし、式の段取りも早急に行われたから、悠長に食事などしていられなかった。 結婚すれば、ともに食事する機会なんかいくらでもあるだろうと思っていたのだけど、その憶測は見事に外れた。 結婚してからの総治郎はほとんど家に帰ったことがないから、食事しているところを見たことがない。 ──明日の朝、早起きして朝ごはんを作ってみようかな 直生は体を洗い終えると、バスタブに体を浸した。 そうして、お湯に浸かりながら、明日の総治郎の献立を考えてみた。 幸い、中野から総治郎の食べ物の好き嫌いやアレルギーの有無を聞き出してあるし、材料も冷蔵庫にある程度はそろっている。 もっとも、嫌いなものやアレルギーがあるなら残してくれても、直生は一向に構わなかった。 総治郎の食べている姿が見たい。 直生はそんなことを考えた。 結婚してそこそこに経つのに、相変わらず素っ気なく、ろくに言葉も交わさない、目も合わさない。 食事はいつもひとりで摂る。 そんな生活が続くと、いい加減に誰かと食べたいという気持ちが芽生えてくる。 これがなかなか難しい。 中野はあくまで家事代行だし、彼女にも家族がいるから、そんなわがままに付き合わせるわけにもいかない。 結婚して地方から移住してきた直生には、親しい友人もいない。 この辺りの飲食店にひとりで行くのも、なんだか抵抗がある。 箱入り育ちな直生は、見知らぬ土地の見知らぬ店にひとりで行くなんてこと、したことがなかった。 それなら、残る相手は総治郎だ。 そもそも、夫婦なのに行為はおろか、食事をともにしたことがないというのも、おかしな話ではないか。 ──早く出て、準備しなきゃ! 直生はバスルームから出ると、急いで体を拭いて、服を着込んだ。

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