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そして今

向かい合わせに座って、2人で食事を摂る。 夫婦なら、ごく当たり前の光景なのだけれど、その当たり前のことが直生には特に喜ばしいことだった。 総治郎は食べ方がキレイでかつ器用で、会話しながら食べているというのに、飛び散ったりこぼしたりすることもなかった。 その後、仕事はどうか、最近疲れているような気がしたから心配していた、などと話し続けた。 その間にも、食事は着々と進む。 中野の言うとおりに、総治郎は出された食事をすべて完食してくれた。 朝食を終えると、総治郎がいつものように出かけていく。 直生もそれについていくような形で、総治郎を見送った。 ──総治郎さんが帰ったら、何を話そう?あ、その前にお片づけをしなくちゃ! 総治郎との初夜が終わった直生は、心躍らせながらリビングに戻ると、食べ終わった皿やコーヒーカップの後片付けを始めた。 その日の午後。 総治郎は思ったより早く帰ってきてくれて、その矢先に発情期がやってきた。 そうして、今に至る。 「ああっ、総治郎さんっ!わたし、もうっ…」 最初の情事のときと同じように、すっかり理性を失った総治郎に蹂躙され、直生は絶頂寸前だった。 直生はあっという間に達して、わずかに遅れて総治郎が、胎内に射精した。 「ああ…直生」 男根が引き抜かれたかと思うと、総治郎が打ちひしがれたような顔をして、直生の額に浮かんだ汗を手のひらで拭った。 「総治郎さん…」 その手のぬくもりの、なんと優しいこと。 直生は幼い頃に父にこうして撫でられたことを思い出した。 総治郎はしばらく愕然とした様子で、黙ったままでいたが、ようやく口を開いた。 「なあ直生、こんなことした後になって聞くのはどうかと思うが、君はこれでいいのか?」 総治郎は直生の隣に座り込んだ。 くつろぐようにしてカーペットに直接座る総治郎は、このときの直生にはとても新鮮に感じられた。 「これでいいかって、どういうことですか?」 「俺と番になって、それでよかったのかって。そういうことだ」 「嫌なら、あんなことしません」 直生が言う「あんなこと」というのは、とんでもない格好で迫ってきたことだろうか。 もしくは、ついさっきのこれであろうか。 おそらく両方だろう、と総治郎は推測した。 「そうか。あー…ただ、もう一度考えてみてくれ。俺みたいな中年との子どもなんか、本当に欲しいのか?」 総治郎は先ほどずり下げたスラックスを履き直すと、壊れたベルトを引き抜いた。 「総治郎さんとの子どもなら、すっごく可愛くて、賢い子が生まれると思います」 直生も総治郎に続くようにして、スウェットを履き直す。 「そうか?」 「中野さんが古いアルバムを出してくれて、若いときの総治郎さんの写真を見せてくれたんです。30歳くらいのときの総治郎さん、すごくステキでした」 直生がポッと顔を赤らめる。 「うーん、ああ、まあ…」 思わぬ褒め言葉に何と返したら良いかわからず、総治郎はもごもご口を動かした。 「あの、総治郎さんはお嫌ですか?子どもは嫌いでしょうか?」 さっきまで嬉しそうにしていた直生の顔に、不安の色が過ぎる。 「いや、嫌いではないよ。ただ、実感というか、考えたことがなかったから…」 総治郎は壊れたベルトを脇に置いた。 「総治郎さんには、なるだけ負担をかけないように、私ひとりで頑張って子育てしますから…」 直生が気づかわしげに懇願してくる。 「いや、ひとりで頑張らなくていいだろう。勝手はわからんが、俺もなるだけ協力するよ」 「あの、子育てに協力してくださるんですか?」 直生が、期待の不安のこもった瞳で総治郎を見つめてくる。 「…ああ、父親だしな。当然だ」 「嬉しいです!」 直生が細い腕を伸ばして、勢いよく抱きついてくる。 総治郎は反動で軽くよろけて、その際に直生の腕を掴んだ。 掴んだ腕が異様に湿っている。 激しい情事で体温が上がり、大汗をかいたからだろう。 よく見ると、頬や額が冷蔵庫から出してしばらく経った缶飲料みたいに濡れていて、小粒の汗が染み出している。 「とりあえず、風呂に入りなさい。きみ、汗がすごいぞ」 「そうですね、一緒に入りましょう」 直生が軽く両手を叩いた。 「え?」 思わぬ誘いに、総治郎は面食らった。 「総治郎さんも、汗がすごいですよ」 直生が総治郎の額を指先で拭い、その指先を総治郎に見せてきた。 確かに、直生の指先が自分の脂汗でべったりと濡れている。 ジムで運動した後に激しくセックスしたのだから、こんなになるのも当然であろう。 「そうだな…一緒に入ろう」 断る口実が見つからなくて、総治郎は直生からの申し出を了承した。 「はい!」 直生が嬉しそうに、元気よく返事する。 脱衣所で、それぞれに服を脱ぐと、2人そろって浴室に入った。 2人で風呂に入るなんて、初めてだ。 「総治郎さん、お背中流しますから座ってください」 浴室に入るなり、直生はバスチェアに座るよう促してきた。 これまた断り文句が思いつかないので、総治郎はされるがままに背中を洗わせることにした。 「痛くないですか?」 直生は泡立てたボディスポンジで、背中を丁寧に擦ってくれた。 「ああ。もう、それくらいで大丈夫だ」 頃合いを見計らって、総治郎は直生に待ったをかけた。 「総治郎さん、次は私の背中お願いします!」 その瞬間に、直生がボディスポンジを渡してきた。 「……わかった」 いわゆる「洗いっこ」が始まり、どうにも形容しがたい気持ちになりながら、総治郎は直生の背中を洗ってやった。 こうして体を洗い終えると、2人で向かい合うようにバスタブに浸かった。 この家のバスタブは、特別大きく作られているから、2人一緒に入ってもまだ余裕がある。 「なあ、しつこいようだが、きみは本当に子どもが欲しいのか?こんな中年との子どもが」 総治郎は、湯に浸かった直生の体を見つめた。 首や肩についた水滴が、キレイに弾かれている。 まだ若く、みずみずしく弾力のある肌は、そこに水がかかると、雫となってそのまま真下に垂れ下がって、まっすぐに落ちていく。 対して、総治郎の肌は弾力が落ち、水がかかるとまったく弾かれずに、皮膚全体にジワリと広がってにじんでいく。 「はい。私、総治郎さんといっぱいセックスして、いっぱい赤ちゃんを産みたいです!」 直生が満面の笑みで答える。 「あー、そうか。なら、いいんだ」 いつになく明け透けな言葉に、総治郎は唖然とした。

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