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夫婦で買い物
──それにしても最近の俺、とことんバカになりつつあるな…
直生と初めて結ばれてから今までの自分を振り返ると、つくづくそう思う。
フェロモンに当てられると、途端に理性が飛んでしまって、頭がきちんと回らなくなる。
そうして事が終わった後になってから、やっと冷静になって、なんとも気まずい気持ちになる。
いい歳をして、なんと情けない話だろうか。
直生と自分は、肉体関係も婚姻関係もあるが、自分たちはあくまでも利害から繋がっている。
少なくとも、総治郎はまだそう思っている。
今のところ、子どもが欲しいという望みは叶えてやるつもりではいるが、もしその前に直生に相手ができたなら、潔く身を引くつもりでいる。
「総治郎さん、お次どうぞ!」
直生がシャワーを浴びた後、総治郎に促した。
シャワールームから出てきた直生は、髪が濡れていて、体が火照っているからか、白い肌がほんのりピンク色に染まっている。
「…ああ、入るよ」
長居は無用とばかり、総治郎は汗を軽く流す程度にとどめて、シャワールームを出た。
直生をあまり長く待たせるわけにもいかないし、退室時間も迫りつつあった。
「総治郎さん、今日はありがとうございます。楽しかったです!」
ホテルを出た瞬間、直生が上機嫌でお互いの腕を絡めてきた。
自然と、直生の体温が伝わってくる。
「そうか」
それなら安心だ。
半田の気づかいが、思わぬ形で功を奏したわけだ。
今度、彼を食事に誘おうと思ったところ、聞き慣れない足音が響いてきた。
「失礼します。お話を伺っても?」
足音の主は、その場を歩いていた若い男性警察官で、彼は総治郎を見るなり、疑わしげな態度で歩み寄ってきた。
結果、総治郎は精神に結構なダメージを食らって、帰り道を軽く落ち込みながら歩くハメになった。
「総治郎さん、元気出してくださいよ」
最寄りに着いたとき、直生が気づかわしげな態度で手を握ってきた。
「うん、まあ…」
それに対して、総治郎は曖昧に応えるだけだった。
総治郎の元気がなくなるのも無理はない。
先ほど、人生で初めて職務質問を食らったのだから。
ちなみに、警察官が職務質問した原因は、ほかならぬ直生だ。
幼顔で華奢な直生を連れてホテルから出てきた総治郎を見て、警察官は「中年男が未成年をホテルに連れ込んでいる」と勘違いしたらしい。
幸い、直生が身分証を所持していたので、それを提示した上、「自分たちは夫婦だ」と言ったので、あっさり解放されたのだけど。
しかし、そのときの警察官の「本当に夫婦なのだろうか?」と言わんばかりの視線が忘れられない。
要するに、他人から見れば自分たちは夫婦に見えないし、何なら、かなりいかがわしい関係にも見えるのだろう。
職務質問を終えた後、警察官はすまなさそうな顔をして「大変失礼しました」と言って、去っていった。
一応は謝ったのだし、何より彼がそうする気持ちはわかってしまうので、責めたり怒ったりする気力は出なかった。
──そりゃあ、50のオッサンがこんなの連れてたら、援交だかパパ活だかを疑うよな
総治郎は改めて、直生の顔を見た。
大きな瞳に長いまつ毛、ふっくらした柔らかな唇、丸い頬。
白い肌は、年相応にきめ細かく艶めいている。
ここで総治郎は、あることに気づいた。
直生が実年齢より幼く見えるのは、生まれつきの幼顔もあるが、服装が服装だからだ。
かかかか
サックスブルーのカーディガンに、白い無地のフランネルシャツ、黒いジーンズ。
この服装は清潔感がある反面、学生のようにも見える。
要するに、直生の年齢とはあまり合っていないのだ。
「直生、新しく服を買わないか?」
「え?」
直生は手を握ったままキョトンとした様子で、総二郎を見上げてきた。
「きみ、おんなじ服ばっかり着てるだろう。いま着てる服も、けっこう古いやつなんじゃないか?」
「そうですけど…」
突然、話題を切り替えた総治郎を、直生はキョトンとした顔で見つめた。
「じゃあ、今から買いに行こう。この辺にはブティックがたくさんあるから、そこで買おう」
「え?でも、私はこれで充分ですし」
直生がカーディガンの裾をつまんだ。
何年着ているのかわからないそれは、生地がすっかり伸びきってしまって、ティッシュみたいに薄くなっていた。
「念のためだ。それに、これから子どもが生まれるとなると、服を買う余裕はなくなると思うぞ。
子どもの世話に追われるからな。
その子どもがある程度大きくなったとなると、今度は母親同士での付き合いができる。そんなところで、こんな伸びたカーディガン着るわけにはいかないだろう」
総治郎は、もっともらしい理由を述べた。
実際、子どもが生まれた後のことなどは一切わからない。
これはあくまで、直生に学生みたいな格好をやめて欲しいから出た逃げ口上なのだ。
「そうですね、それなら、買っておいたほうがいいですね」
総治郎の思いつきを、直生はあっさり聞き入れた。
あまり欲を出さない反面、聞き分けがいいところが、この妻のありがたい部分だった。
「じゃあ、まずはあの店に行こう。きみくらいの歳の子向けの服があったはずだ」
総治郎は、少し向こうにある若者向けブランドショップを指差した。
ブランド名はなんと読むのかもわからない。
休日になると、若者が店員と話していたり、買い物する様子がショーウィンドウ越しに見える、オシャレなブランドショップだ。
「わかりました」
総治郎が歩き出すと、直生がそれに続く。
結婚する前は素通りしていたこの店に、まさか自分が入ることになろうとは。
「なんか、ちょっと入りにくい感じがします」
店の前まで着いたとき、直生が恥ずかしそうな顔で総治郎を見つめた。
直生はどちらかと言うと地味で野暮ったいというか、オシャレにはあまり関心がなさそうだ。
服に無関心な人間はよく、「オシャレな服屋に入るときの服が無い」と言う。
総治郎も若い頃はそんな調子だったので、直生の言わんとしていることは大体わかる。
服屋の店員も他の客もオシャレなのに、自分だけがパッとしない。
そんな状況に耐えかねて長く店内にいられずに断念してしまって、結果、いつも着ている服で落ち着いてしまう。
おそらく、直生もその手合いだろう。
「大丈夫だ、一緒に入ろう」
不安そうな直生の手を引いて、総治郎は店内に入った。
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