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帰り道
男性店員が新しいものを手に持って、急ぎ足で戻ってきた。
「お待たせ致しました。ご希望の商品、こちらで間違いないでしょうか?」
男性店員が、持ってきた服をそれぞれ手に持って見せてくれた。
「はい、大丈夫ですよ」
「かしこまりました。では、会計失礼しますね」
言うと男性店員はレジに移動した。
「はい」
総治郎はレジ前に移動して、懐から財布を出した。
直生もそれについていく。
腕を絡められたままだから、少々身動きが取りづらい。
しかし、それを振り払うのも悪い気がしたので、総治郎は腕に直生がへばりついた状態のまま、会計を済ませた。
「お買い上げ、ありがとうございました!」
会計を終えると、若い店員2人組みが店の入り口まで見送ってくれて、深々と頭を下げる。
「ええ、ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
それに応える形で礼を言うと、ショップ袋を手に持った総治郎と直生は、自宅まで足を進めた。
「あら、かわいい子たち」
道中、下校中の小学生の群れに出くわして、直生がうそぶいた。
比較的、高学年の子が多い気がする。
ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認したところ、現在16時。
小学生の下校時間にしては、少々遅い。
たぶん、この辺りで寄り道でもしていたか、何らかの学校行事があったために、帰りが遅くなったかのどちらかであろう。
「最近は、ランドセルの色とかも豊富ですよね。すっごくオシャレ!」
少し向こうを歩く子どもたちの背中を見つめながら、直生が話しかける。
ちょうど総治郎も、同じことを考えていた。
「ああ、昔は無地がメインだったし、男の子は黒とか青で、女の子は赤とかピンクってのが基本だった」
「最近だと、女の子でも黒いの背負ってる子がいますよね。黒地にピンクのハートやウサギさんが描かれてたりして、すっごく可愛くて。薄いブルーとか、ラベンダー色のランドセルとかもあるし」
「そうだな。男の子なんかは、ドラゴンとか剣とか忍者とかが描いてある」
「男の子、そういうの好きですよね。あ、そういえば、総治郎さん」
歩きながら話していると、直生が急に名前を呼んで、話題を切り替えようとした。
いったい、どうしたのだろう。
「何だ?」
総治郎は少し身構えた。
「私たちの子どもも、いつかあんなの背負うようになるんですかね?」
「……そうなるだろうな」
ひょっとして直生は、この話がしたかったのかもしれない。
子どもを望んでいるからには、やはり将来の姿を想像したくなるものなのだろうか。
それとも、直生はもともと子ども自体が好きで、他人の子どもも可愛がるタイプなのだろうか。
次に何を言うか迷っていると、直生が手を伸ばして、総治郎の手を握ってきた。
突拍子もない行動に驚いて、一瞬ひるんだが、すぐに握り返して、お互いの指を絡めたまま、足を進めていく。
「ねえ、総治郎さん。帰った後も…子作りよろしくお願いしますね」
直生が意味ありげな声色で、体を擦り寄せてくる。
なるほど、次の行為の催促がしたくて、こんなことを言い出したのか、と総治郎はひとり納得した。
帰宅して早速、2人は総治郎の部屋に直行して、睦み合い始めた。
直生に引っ張り込まれるような形で、事が始まったのだ。
「総治郎さん…」
2人してベッドに乗り上げるやいなや、直生が唇を窄めて顔を近づけてきた。
「んんッ…」
そのおねだりに応えるように唇を塞いでやると、直生は総治郎の首に腕を回してきた。
これは若さゆえだろうか。
ホテルであれだけ致しておきながら、まだ乗り気でいるらしい。
「んはっ…あ、ああ、総治郎さん…」
直生が総治郎の股に手を伸ばして、子猫でも可愛がるみたいに、優しい手つきで撫で回してきた。
しかし、悲しいかな。
総治郎の男根はずっと大人しいままで、これといった反応を一切示さなかった。
「すまない直生。ホテルで散々出したから、もう勃たないんだ」
「え…」
散々出したのはもちろんのこと、直生の発情が落ち着いていることも、勃たない原因のひとつだった。
総治郎がアルファの男としての本領を発揮できるのは、直生のフェロモンの存在が大きいのだ。
それがなければ、総治郎はただの不能の中年男でしかない。
直生が残念そうな様子を見せる。
当然の反応だ。
きっと、がっかりしたことだろう。
今までにも何度か、こんな顔をされたことがある。
総治郎が40代前半から半ばくらいのときの話だ。
そのときの相手は、かなり歳下の恋人だった。
なかなか元気なベータの男で、会うたびに行為を何度も求められたのだけど、「勃たない」と言ったらこんな顔をされて、それ以降は会う頻度も減り、自然消滅にも近い形で別れるに至った。
直生も、この元恋人と同じことを思ったのではないだろうか。
性行為だけがすべてではない。
それでもやはり、こんな中年男とはやっていられない。
今後、こんなことが何度も続けば、さすがに愛想を尽かして、別れを切り出されるのではないか。
総治郎のそんなネガティブな予想とは裏腹に、直生は何かを思い出したような顔をした。
「じゃあ…ちょっと待っててくださいね」
直生が、飛び跳ねるようにベッドから下りると、パタパタと部屋を出ていった。
いったい、何をするつもりなのだろうかと考えているうち、直生が戻ってきた。
両手で、大手ネットショッピングサイトのロゴが印刷された段ボール箱を抱えている。
「これなんですけど…使ってみません?」
段ボール箱を床に置くと、直生は中から何かを取り出した。
「それ、ディルドだよな?いや、バイブか?」
直生が手に持っている物体を、総治郎はまじまじと見つめた。
歳のせいで老眼がひどいので、あまりしっかりとは見えない。
「バイブです!」
直生は満面の笑みを浮かべながら、バイブのスイッチを押した。
無機質なバイブが何かの生き物かのように、ぶいーんと音を立てて振動する。
「そうか…」
首を伸ばして段ボール箱の中を覗いてみると、ほかにもたくさん、大人のオモチャが入っていた。
いつの間にこんなに買い込んだのだろう。
「買ったはいいんですけど、あまり使っていないので、ちょうどよかったです」
直生は赤面しながら、バイブを持ってベッドに乗り上げてきた。
「ねえ、総治郎さん。コレを使って、私のこと責めてくれませんか?」
直生が手に持ったバイブを総治郎の眼前まで近づけて、熱っぽい瞳で見つめてくる。
「別に構わないが……」
総治郎はバイブを受け取ると、それと直生の顔とを交互に見た。
「それにしても、えらい大量に買ったんだな」
総治郎は首を伸ばして、床に置かれた段ボール箱の中身を覗いた。
中には、大人のおもちゃと思わしき代物がぎっしり詰められている。
「そうです、その…動画にあったんですよ。勃たない旦那さんが、若いお嫁さんをおもちゃで責めたり、細くて赤い縄で縛ったりするのがあって……ちょっと、やってみたいなーって思ってですね…」
直生は赤面しながら、もじもじしながら、総治郎を見つめてきた。
──そういうの、好きなんだな…
総治郎は、呆れるやら笑ってしまうやら、どんな顔をすればいいかわからなかった。
「なるほど。じゃあ…やってみるか。痛かったり、辛かったら言うんだぞ。ほら、ここに寝転がりなさい」
総治郎はベッドの中央をポンポンと軽く叩いた。
「はい、総治郎さん」
直生は言われたとおりに寝転がってみせた。
その姿は、どこかそわそわとしていて落ち着かない。
総治郎はバイブのスイッチを押すと、寝転がっている直生の乳首に、軽く押しつけた。
「あっ…んっ!」
薄いシャツ越しに乳首を弄られて、直生は悶えた。
「こうでいいのか?」
「あの、それ、そう使うんじゃなくて、その…」
なぜかはわからないが、直生は着ているシャツをめくって、胸を晒してきた。
白い胸の上、2つの乳首がピンと勃っている様が、なんとも艶かしい。
「えーと、どうした?」
「ローターがあるんですよ。それをここにテープでつけてですね…専用のテープがあるので、それでくっつけるんです」
「そうか、ちょっと待ってろ」
総治郎はベッドから下りると、段ボール箱の中を確認した。
確かに直生の言う通り、派手なピンク色のローターが2つ入っていた。
それらしきテープもある。
本来、医療用に使われるテーピングテープだ。
それをわざわざ、目に痛いくらいの赤色に着色している。
おそらく、胸に貼ったときの視覚効果をねらってのことだろう。
テーピングテープは粘着力が強い反面、手でちぎりやすい。
総治郎がそれを手に取り、適度な長さに伸ばして引っ張ってみれば、プツリと簡単に切れた。
次にそれをローターに張り付けると、総治郎はベッドに上がった。
「んっ…」
要望通り、胸にローターをくっつけてやると、直生が小さく声を漏らした。
「どうだ?痛いか?」
「痛くはないです。でも、ヘンなカンジがします」
自分の顎を鎖骨の中心につけるようにして、直生は自分の胸を見下ろした。
白い肌に、真っ赤なテープとピンク色のローターがひっついている様は、なかなか扇情的で色っぽい。
「スイッチを入れるぞ」
総治郎はローターのスイッチを押した。
直生の体にいきなり負担をかけるのは危険な気がするので、まずは「弱」からだ。
「はい…あっ、んん!」
ぶいーんという機械音と一緒に、部屋中に直生の声が響きわたる。
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