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総治郎の苦い思い出
「痛いか?」
「いえ、ふっ…ああっ!」
直生はビクビクと体を震わせつつ、脚をもじもじ小刻みに動かした。
「脱がすぞ」
総治郎は直生が履いているズボンのウエストに手をかけると、一気にずり下ろした。
「あっ、や…こすれるうッ!」
ズボンの布地と股との摩擦が、強い性刺激となって、痺れるような快感が背筋を走る。
いきなりの出来事に、咄嗟に口を押さえて背を逸らした。
「すっかりびしょ濡れだな」
外気に晒された直生の股は、漏らしたかのように濡れそぼり、中に履いていた下着の色が変色するほどだった。
総治郎の興奮を煽るためだけに履いていた、白い総レースの下着である。
それが濡れて素肌に張り付き、股部分が透けて丸見えになっている。
「あッ…総治郎さん!」
総治郎は、直生が履いている下着を引きちぎらんばかりに、乱暴に脱がした。
「もう欲しいのか?」
突然、総治郎が普段では考えられないような、いやらしい笑みを浮かべる。
いつもは優しく穏やかなのに、行為のときには誰よりも意地悪くなって、自分を責め立ててくる。
そんな意地の悪いことをされるたびに、直生はなぜか、子宮の奥がキュンと疼く。
「んんっ…はい、総治郎さんッ、はやくう…」
直生は脚を思い切り開いた。
「せっかちだな。そら、挿れてやる」
総治郎は、直生の脚を掴んで開かせると、胎内にバイブを、ゆっくりゆっくり挿入させていった。
「ああッ!」
「ここか…」
バイブの先端が最奥に届くと同時に、総治郎がスイッチを押した。
「ああッ!?ひゃっ…あっ、んんッ!」
無機質なバイブが直生の胎内で大暴れして、最奥をひたすら抉ってくる。
この間にも、乳首に貼り付けられたローターは震え続けている。
「おお、濡れてきた濡れてきた」
総治郎が直生の股に手を伸ばして、優しく優しく撫でさする。
「ああっ、だめぇ、それ、だめッ!」
「何がダメなんだ?」
言いながら総治郎が、バイブのスイッチを押した。
同時に、バイブの振動が強くなる。
総治郎がバイブの振動を「弱」から「強」にしたのだ。
「あ、それしたらッ…や、でるうッ!」
本人の言う通り、直生はあっという間に達してしまった。
「すまん、大丈夫か?やりすぎたか?」
総治郎は直生が絶頂を迎えたのを確認すると、あわてた様子でバイブとローターの電源を切った。
「…大丈夫です」
「いま、コレをはずすからな」
「んっ…はい」
総治郎は乳首に貼られたテープをゆっくり剥がした。
ほんのり汗をかいたせいで粘着力が弱まっていたので、テープは痛みなく簡単に剥がれた。
「こっちも抜くぞ。息を吐いて、力を抜くんだ」
「はい…」
直生がふうっと息を吐くと、胎内からバイブがゆっくりゆっくり抜かれていく。
「んんッ!」
バイブが全て抜け切ったとき、異物感に襲われて、反射的に声が出た。
「痛いか?」
「いいえ」
心配そうに見つめてくる総治郎に、直生はなんだか微笑ましくなってしまった。
総治郎は、普段は優しくて気づかわしげなのに、行為のときは誰よりも意地悪く、サディスティックになる。
そして、行為が終わった途端にすぐに、いつもの総治郎に戻る。
彼のそんなところが、直生は好きなのだ。
「ねえ、総治郎さん。総治郎さんの好きな服、いっそ買っちゃいましょうかねえ?」
衣服を乱して寝っ転がったまま、直生はベッドの縁に座った総治郎に語りかける。
「俺の好きな服?」
「さっきホテルで着てた体操服です。ブルマも買いましょうか?」
直生はクスクス笑った。
おそらく、半分冗談で半分本気なのだろう。
思えば、結婚して以来、直生が冗談を言うのは初めてだ。
「ああ…」
どう反応したらいいかわからなくて、総治郎は苦笑いするしかなかった。
「ホテルでのレンタルじゃなくて、いっそ買っちゃったら、いつでも好きなときに好きなプレイができますよ?」
直生は、赤面しつつ意味あり気に微笑むという、なんと表現すればいいかわからない表情を浮かべた。
「うーん…いや、出すもん出して冷静になったとき、ちょっとしたトラウマが浮かんでくると思うから…」
「トラウマ?」
いったいどういうことだろうか、と直生は疑問符を浮かべた。
「まあ…なんだ、初体験のときにな、相手の子が着てたのが、あんなカンジの体操服だったんだ」
「えーと…その、どういう状況なんですか?その相手の人に、何か言われたんですか?」
初体験のときの相手があんな服を着ていた、とはどういうことだろう。
総治郎の初めての相手は、変わった趣味のある人だったのだろうか。
「助けて、と」
総治郎がボソリと呟く。
「え?」
「助けてと言われたんだよ。そのとき、俺は小学6年生だったんだ。指に切り傷ができて、出血はすぐ止まったけど痛かったし、何かの拍子に傷口が開いたら困るから、絆創膏をもらおうと保健室に行って、それで…」
「それで?」
「保健室に先生はいなくて、同じクラスの女の子が、ベッドでうめいてた。その子はオメガでな、そのときに初めて発情期が来たらしくて…苦しそうに「成上くん、助けて」と泣いて言われた」
「ああ…」
直生は、その女の子の気持ちがなんとなくわかってしまった。
自分だって、初めて発情期が来たときは心底怖かったし、「助けて」と泣いていたから。
「俺はそのときにすでに精通してたもんだから、フェロモンにあてられたんだろう。介抱するよりも先に、その子に飛びかかってしまって…それで、気がついたときには女の子が目の前でぐったりしてて、愕然としてるうちに、先生が保健室に戻ってきたんだ。大騒ぎになったよ」
総治郎の表情が、次第に曇っていく。
「それをきっかけに、俺は転校することになった。当然だよな。強姦の加害者が、被害者と同じ学校に通い続けるなんて、そんなのおかしいだろ?彼女の両親が用心して、首に拘束具をつけさせてなかったら、同意なく番にするところだった」
総治郎がうなだれた。
気丈でしっかり者に思えた彼にも、辛い過去のひとつやふたつぐらい、あるにはあるだろうとは考えていた。
でも、いざ聞かされてみると、意外に思う気持ちの方が勝った。
「俺の両親が向こうに頭を下げ続けるのを見てるのは辛かったな。向こうがあんまり大ごとにしたくないって言ったから、示談にはしてくれたけど、慰謝料も高くついたみたいだし…」
総治郎は落ち込んでいるような、懐かしんでいるような、奇妙な態度で話し続けた。
「それで、ちょっと理解できなかったのがな…相手の子には、なぜか感謝されたんだ」
「感謝?」
直生は身を起こして衣服を整えると、総治郎の方へ擦り寄った。
「うん、「あのとき、ものすごく不安だったから成上くんが来てくれて嬉しかった、ありがとう」って言われたんだ。わけがわからなかったよ」
総治郎が神妙な顔をする。
皮肉でもなんでもなく、本当に女の子の言ったことが理解できないのかもしれない。
でも、直生は違った。
「私、その人の気持ち、ちょっとだけわかります」
「……そうなのか?」
総治郎は怪訝な顔をした。
「はい。だって、発情期って、初めてのときはものすごく不安なんです。私も初めて発情したときは保健室に運ばれました。中学校入ってすぐのことでしたかね。それで、「おうちの人に連絡するからね」って先生が保健室を出て行って、ひとりにされたときは本当に不安でした。大げさですけどね、「このまま死んじゃうのかな?」とか本気で思いましたもの」
直生は、初めて発情期が来た中学1年生のときのことを思い出した。
「そうか、そうなのか…」
総治郎は、まだ納得していないような様子でいた。
「そうです。だから、やってることはたとえ強姦であっても、体の熱は鎮まったんですもの。異常はなくなったわけだから、感謝する気持ち、わかっちゃいます」
直生は、総治郎の大柄な体に寄りかかって、腕を絡めた。
「そういうものかな…」
総治郎は理解には至らないようだが、納得はできたらしい。
「そうですよ」
直生は総治郎の背中を、ミルクを飲んだ赤ん坊にゲップを促すときみたいに、優しく撫でさすった。
「なるほど。それにしても、オメガの人たちは大変だな。きみも辛かったろう」
「大変だけど、辛いとまでは思わないですよ。それに…私ったら、保健の先生が助けようと一生懸命に頑張ってくれてたのに…いやらしいこと考えちゃって……」
直生はもじもじと体を揺すって、赤面した。
当時を思い出すと、どうしても恥ずかしい気持ちが抑えられない。
10代前半の子どもというのは、大人ではありえないような妄想をして、あまつさえ、それが現実にできるものと本気で思っていたりする。
そして、思春期を過ぎ、成人してから思い返してみると、誰もが経験するような、あの感覚に見舞われる。
「いやらしいこと?」
「その、その先生は40歳前後の男の先生だったんですけど…結構カッコいい感じの先生だったんです。物事おだやかで優しくて…生徒のみんな大好きだったんですよ。それで、私、保健室のベッドに寝かされたとき、先生に何かされるんじゃないかって…そんなこと考えちゃって……」
直生の声が、次第に小さくなっていく。
大好きな先生に犯されるなんて妄想をすることも恥ずかしいのに、それを夫に言うなんて。
なんて、はしたない。
でも、そんな気持ちをいつまでも胸にしまっておくのも、難しい。
だって、誰かにそうされたかったのだ。
初めて発情期が来たときからずっと。
直生は、誰かに責められて犯されたいと思っていた。
これはオメガ全員がそうなのか。
それとも自分だけがそうなのか。
それを確かめたい気持ちもあった。
自分のこんな一面を知ったら、総治郎はどう思うのだろう。
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