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第7話 嫌な予感
——……? 東堂の知り合いか……?
知り合いにしては、とても友好的な様子には見えない。どういう関係なのか、聞けそうな雰囲気でもなかった。
近づいてきた男は二人の前で立ち止まると、将吾にちらっと目線をやったが、すぐ東堂の方へ向き直った。
「ああ、こんなところで偶然会うなんて、何かの運命だと言いたいところだな、流星?」
日に焼けた肌に、仕立ての良い派手な色合いの服。袖から覗く高級ブランドの腕時計。一つひとつは何ということのない特徴だけれど、明らかに、カタギの人間ではない。記者としての将吾の勘がそう告げている。
この男と東堂に、名字ではなく名前で呼ぶほどの親交があるということなのか。
男の妙な馴れ馴れしさと、東堂の能面のように感情の削げ落ちた表情の落差が語るものは何なのか。
長閑な初夏の週末にはおよそ似つかわしくない、二人の間のひりついた空気に、将吾は戸惑いを隠せなかった。
◇
「感動の再会に立ち話ってのもなんだよなぁ。ちょっと、付き合えよ」
男の口調には、有無を言わせぬ響きがあった。
対する東堂は、さっきから一言も発していない。それどころか、何かを悟ったような顔で、携帯をポケットに戻そうとしている。
おかしい。何かが絶対的におかしい。
そう思ったら、将吾は我慢していられなかった。
「失礼ですが、あなたは東堂のお知り合いですか?」
声の掛け方、東堂を苗字でなく名前で呼ぶこと、男の態度は確かに知り合いに対するそれではある。だが、東堂の表情も、何も言わないことも、何もかもがおかしかった。
将吾の勘違いで、本当にただの知り合いであったとしても失礼にはならない程度を意識しながらも、将吾は牽制の意図を込めて声をかける。将吾の声に東堂がこちらを振り向いたのが分かったが、将吾は相手の男から目を逸らさなかった。
「ああ、これは失礼。俺はコイツとはちょっとしたオトモダチ、ってところかな」
あたかもこちらの存在に今気づきました、という態度が白々しく鼻につく。明らかに、「オトモダチ」のところに微妙な含みを持たせた言い方だった。
その言葉を聞いた東堂が、能面のように凍りついていた表情をわずかに歪めるのが視界の端に映る。
——まあ、こりゃどう見ても一般的に言うところの「ご友人」じゃあ、なさそうだよなあ。面倒なのに捕まったな……。
大人になれば、複雑な関係性やしがらみの一つ二つ(あるいはそれ以上)、誰にでもあるものだ。東堂だって例外ではないだろう。
「……今更、何の用だ。お前とはもう関わらないと言ったはずだろう」
東堂が初めて口を開いた。声が硬い。いつもの辛辣な硬さではなく、張り詰めるような緊張感をはらんだ、聞いていて胸が苦しくなるような、硬さだ。
「またまた、つれないなぁ。いいのか? こんな外で大っぴらに話して。……ああ、そうか。こいつが新しい男か」
男が将吾を顎で指してとんでもないことを言い出すので、将吾は目を白黒させた。この男は一体何を言っているのか?
完全に混乱している将吾の方をを見やり、東堂はため息をついた。
「お前のやり口が汚いのも変わっていないな……。で? どこへ連れて行く気だ?」
男の挑発こそ受け流したが、諦めたような声でそう言う東堂に、将吾は今度こそ驚きを隠せなかった。
いつもの東堂であれば考えられない。
相手にせずさっさとこの場を去ることもできたはず、というより、将吾の知っている東堂なら、まず100%そうする。なぜ、この男の強引なやり方に従うのか。
——もしかして。
そう思った十分後には、将吾の嫌な予感が当たっていたことが証明された。
大通りから細い道に入り、「CLOSED」と書いてある札が下がっているのにも構わず、男がドアを押し開けて入ったそこは、薄暗いバーだった。営業前の店内は、カウンターと奥の事務所らしき部分だけ照明がついている。空調があまり効いていない店内は、少しむっとした空気で満ちていた。
「ここは……?」
思わず呟いた将吾に、手近な椅子へ座ろうとしていた男が振り返る。
「俺の知り合いの一人がやってるバーだ。俺は顔パスだからな、こういう話の時はよく使わせてもらってんだ」
——こういう話……?
今度はなんとか口に出さずにこらえた将吾だったが、顔に出てしまっていたようで、それを見た男が下卑た笑みを浮かべる。
「さてと、話を始めようじゃねえか。流星と、その彼氏さんよ?」
「俺は……!」
見当はずれな揶揄に、思わず前のめりになりかけた将吾を、東堂が手で制した。
「三ツ藤 。こいつは俺の同僚で、今日は仕事で一緒に行動しているだけだ。お前が用があるのは俺だろう。巻き込まないでやってくれ」
静かに東堂が告げる。その声に、感情は読み取れなかった。
「またこれはえらい他人行儀だなぁ? 伊織 、って呼べよ。昔みたいに」
東堂が今度ははっきりと嫌そうに顔をしかめた。言葉の指し示す内容までは分からなくとも、三ツ藤と呼ばれたこの男の言うことが、いちいち東堂の神経を逆撫でしていることは将吾にも察しがつく。将吾の覚えた違和感の正体が、じわじわとその姿を表そうとしていた。
東堂を少しでも知るものなら、この優秀なプログラムのような頭脳をした男を挑発しようなどとはまず思わない。鼻であしらわれて終わるのが目に見えているからだ。だが、三ツ藤は違った。この得体の知れない余裕はどこから来るのだろう。それに加えて、いつもとは別人のような東堂の反応。
——東堂が強く出られない、逆らえない何かを、この男が持っている……?
その結論に至った瞬間、将吾は無意識に身震いした。
「くだらない冗談はやめろ。時間の無駄だ。さっさと本題に入れ」
突き放すように冷淡な口調はいつもの東堂のものだが、そこにわずかに苛立ちが滲んでいる。三ツ藤にペースを乱されないよう、必死に冷静さを保っているのだろう。将吾は祈るような気持ちになった。
この応酬がいつまで続くのか、ヒリヒリとした空気に将吾はいたたまれない気持ちになる。しかし、意外にも三ツ藤はつまらなさそうに肩をすくめた。
「ったく、お前は相変わらず可愛げがねえな。……まあいい。それじゃ、本題だ」
三ツ藤の目つきがいきなりぐっと鋭くなる。先程までのヘラヘラとした軽薄そうな顔は表向きで、こちらが本当の顔なのだろう。
「お前らがさっきファミレスで会ったババアな。あのババアと、ババアが話したこと。全部、忘れろ」
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