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【2】抱えたもの②
温人との同居は、まあまあうまくいっていた。物静かだし、決めたルールはちゃんと守ってくれるので煩わされることもなく、仕事の邪魔になることも一切なかった。
買い物に行くくらいには体力が戻ったらしく、勇士郎が忙しいときは、温人が食事当番を代わってくれることもあった。
温人は安い食材を使って料理をするのが上手く、質素だがなかなか美味な夕食を毎回食卓に載せてくれる。
「今日のも、よう漬かっとるやん。めっちゃ旨いわ、これ」
温人が冷蔵庫から出してきたキュウリの浅漬けを齧りながら勇士郎が褒めると、温人は嬉しそうな顔をした。
「しょっぱくないですか」
「ちょうどええよ。オレこれくらいが好き」
「良かったです」
「フフ、おかんみたいやな。漬物とか」
「スーパーでキュウリとナスが安かったので」
自分も勇士郎の向かいに座りながら、律儀にいただきます、と頭を下げて、温人が枝豆の炊き込みごはんを頬張る。
「買い物上手やん」
「ありがとうございます」
「温人は何が好物なん?」
「俺ですか、俺は特にないです。何でも食べます」
「話の盛り上がらんやっちゃなぁ。何でもええ言うても、なんかしらあるやろ、コレが出てきたらテンション上がるとか、コレだけは遠慮したいとか」
「そうですね……、里芋の煮っころがしとかけんちん汁とか。きんぴらなんかも好きです。苦手なものは、――――」
「あー、分ぁった分ぁった、ないんやな、無理に探さんでええよ。そっか、なんやおばあちゃんが作るようなご飯が好きなんやな」
「はい」
「うん」
ストンと沈黙が落ちる。
「えー、そこで黙る?」
「?」
「この流れやったら次は、ユウさんは?ってならへん? 普通」
「あ」
箸を置いて姿勢を正す。
「ユウさんは、どのようなものが好きですか」
「棒読みやん」
「すみません……」
「フフ、もうええよ、無理やり訊いてごめんな」
「あの、……すみません、俺、気が利かなくて」
大きな身体をしょんぼりと縮めるのがおかしくて、勇士郎はまたちいさく笑う。
「オレが好きなんはー、オムレツ、ピザ、キッシュ。珍しいチーズも好き。ナッツ類も好きや。生魚と湯葉とイカだけはアカン、以上! 覚えた?」
からかうように首を傾げて笑うと、温人はハッと目を瞠り、それからどこか眩しげな目をして勇士郎を見つめ返した。
狭くて暑いせいか、三畳部屋の戸はいつも開け放たれていた。
温人はよく入口に向かって胡坐をかいて座っている。やたら目力が強いので、通りかかった時に何気なく目が合ってビクッとしたことが何度かあった。
その堂々たる座姿は、まるで出陣に備えて待機する隊士のような佇まいなので、勇士郎は密かにその三畳部屋を「栗原屯所 」と呼ぶようになった。
温人は基本的に静かで礼儀正しいが、おかしな行動もなくはなかった。
夜中に喉が渇いて水を飲むために部屋を出ると、キッチンに明かりがついていて、温人がガスコンロの前で、じっと立っていたことがあった。
「温人? どないしたん?」
驚いて声を掛けると、温人はハッと振り返り、顔を強張らせた。
「あ……、なんでも、ないです。……すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、まだ起きとったし。何しとるん?」
「あ、ちょっと、元栓ちゃんと閉めたかなと思って」
「ふうん」
「ユウさんは?」
「ああ、なんか喉乾いてん」
「水、飲みますか」
「うん」
温人は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出してグラスに注いでくれたが、その仕草がなんだかぎこちなくて気になった。
「どしたん? なんか顔色悪いで。また具合悪いんか?」
「いえ、大丈夫です」
温人は笑みを浮かべたが、明らかにナーバスになっているようだった。ここに来てからそんな表情を見たことがなかったので、もっと話を聞こうかと思ったが、温人はおやすみなさい、と言って、部屋に戻ってしまったので、それ以上訊くことは出来なかった。
他にも気になっていることがあった。
勇士郎と温人の部屋はリビングを挟んで離れているので、普段は気付かないのだが、時々夜中にトイレに起きた時などに、温人がうなされている声が聞こえるのだ。
それはひどく苦しそうで、時折り誰かの名前を呼んでいるようにも聞こえるのだが、声を掛けようかどうしようかと迷っているうちに止んでしまう。
それで気になりながらも自室に戻るのだが、勇士郎が眠ったあとも、もしかしたらずっとうなされているのかもしれない。
そのせいか昼間に眠そうにしていることが多く、心配ではあったが、うまく訊き出すことができずに今日まで来てしまっていた。
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