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【2】抱えたもの③

 それでも温厚で、体格の割に威圧感のない温人との共同生活は、不思議なくらい、穏やかに過ぎていった。 「ユウさん、すみません」  夕食後、リビングで資料用の映像を見ていると、風呂場から温人に声をかけられて、振り返る。 「なにー?」 「タオル用意するの忘れちゃって」 「ああ」  すぐにバスタオルとハンドタオルを持って行ってやると、浴室の扉から温人が上半身を覗かせた。ドキン、として、思わず目を逸らす。 「すみません」 「え、ええよ」  伸ばされた長い腕にタオルを掛けてやると、そそくさとリビングへ戻った。初めて見た温人の身体は想像していたよりも逞しくて、食事により少しずつ体重も戻っているらしく、肌にも年相応の張りが戻りつつあるようだった。  俄かにこみ上げてきた緊張をほぐすために冷蔵庫に入っていたビールを取り出して、一気に半分近くまであおった。胃の底がカーッと熱くなってクラクラする。 「ユウさん、お先でした。タオルありがとうございます」 「あっ、うん、温人も飲む?」 「いいんですか」 「おう、飲みや。貰いもんやけど、オレほとんど飲まへんからどんどん飲んでええよ」 「ありがとうございます」  清潔なシャツと膝下までのパンツを身に着けた温人が、勇士郎からビール缶を受け取って、プシュリ、と開けた。男らしく豪快に飲むその姿に、ジワリと身体の芯が疼く。  いつ見ても、風呂上りの温人は男前だ。 「あーあー、まだ髪濡れとるやんか。ちゃんと拭かな」   首筋に落ちる滴を見咎めて、勇士郎は温人からタオルを奪い、飛び上がるようにして頭の上に乗せてやる。  子供みたいな仕草がおかしかったのか、温人はちいさく笑った。その顔がとても優しげで、勇士郎はいつになく、ふわふわした甘い気持ちになる。早くも酔い始めているのかもしれない。 「なあ、なんでこんな背ぇ高いん? なんかスポーツしとった?」  いつも見上げると首が痛くなるほどの温人は、多分190センチ近くあるんじゃないかと思う。 「バレーやってました」 「へえ! カッコええやん」 「高校までですけど」 「そうなん?」 「はい」 「ライトポジションやな」  勇士郎が言うと、温人はちょっと目を瞠った。 「よく判りますね」 「自分、左利きやろ。ライトは左利きの方が有利やて、何かで読んだで」 「さすがですね」 「物書きは調べもんが多いし、色んな知識が入ってくんねん。でもオレの場合はたいてい浅く広くや」 「でも、よく見てます、いつも」  そう言われて悪い気はしなかった。確かに職業柄、人の言動はよく見るし、常にアンテナは張っている。  当然と言えば当然なのだが、地味で孤独な作業の多い脚本家は、基本的に陰の存在だ。  だからこんな風に褒められると、物書きとしての姿勢を認めて貰えたみたいで嬉しくもなるのだ。 「温人は口下手の割に、褒め上手やな」  勇士郎がゆらゆらする身体を壁にもたれさせながら、ふわりと笑うと、温人は一瞬真顔になって口を閉ざし、それから困ったみたいに目を逸らした。 「ユウさんは、」 「ん?」 「……いえ、なんでもないです」  温人は少し掠れたような声で言って、何かを流し込むようにビールの残りを飲み干した。  その夜もまた、温人はうなされていた。  暑さのせいかとも思ったが、リビングはエアコンをつけているし、「栗原屯所」の戸はいつも開け放たれているので、うなされるほどの暑さとも思えない。  そのうち、温人が作る食事は、いつも火を使わない料理ばかりであることに気付いた。加熱が必要なものは電子レンジを使っているらしく、水を沸かす必要がある汁物などは、食卓に上らないことに、遅まきながら気が付いたのだ。 「なあ、なんで茹でたり焼いたりせえへんの? コンロも使ってええんやで。鍋もフライパンもあるやろ」  今夜も直火を使わずに調理していた温人に、勇士郎は不思議に思って問いかけた。  その時の温人の顔は、いつか夜中にキッチンに立ち尽くしていたときと同じ顔だった。 「つーか、すごいクマやで、自分」 「そうですか」 「夜、ほとんど眠れてないんとちゃう?」  とうとう気になっていたことを尋ねると、温人は顔を強張らせたのち、観念したようにふと疲れたような笑みを見せた。 「ほんとに、よく見てますね」 「うん、……夜中にな、時々うなされてる声が聞こえんねん」  温人はハッとしたように勇士郎を見て、それから少し気まずそうな顔で俯いた。 「夢を、見るんです」 「夢?」 「はい。とても、怖い夢です――」

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