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【3】届いた招待状②

 夕食が終わってからも、二人はリビングに移動してそのまま話をした。めったに飲まないワインを開ける。自分では買わないので誰かに貰ったものだろう。  温人はめっぽう強いらしく、いくら飲んでも全く顔色が変わらなかったが、飲み慣れない勇士郎は、グラス半分を空けただけでも、ふわふわといい気分になっていた。  温人が聞き上手だからか、勇士郎はいつになく饒舌になる。執筆中はほとんど誰かと会うことも喋ることもなくなるので、こうして人と会話するのは、意外にも楽しい気分転換になった。 「じゃあ、原作とドラマって別物なんですか」 「完全に別物にしてまうと、原作のファンから非難浴びたりするやろ。せやからそのあたりの按配が難しいんやけど、オレが気を付けるようにしとるんは、その原作の本質を崩さんようにってことやろなあ。表現方法がちゃうから、どうしても一度解体して組み直す必要があんねん。原作を読みこんで、そのテーマやエッセンス、キャラの性質や、その物語における役割なんかを汲み取って、それを映像用に再構築するんや」 「再構築、ですか」 「例えば小説やったら地の文でいくらでも考えてることや感情なんかを説明できるけど、シナリオでは目に見えへんもんを書いたらあかんねん。せやから表に出た形、つまり言動でその感情を表すわけや。それも、より映像に映えるような形でな」 「なるほど」 「ある石を投げて、反応を見る。原作のキャラの本質をちゃんと掴んどったら、起こったことにどんな反応をするかは予測できるやろ。そこにはその人間の性格とか気質、ポリシーみたいなもんも反映されとるべきなんや。外に出るモンには必ず、その人物の内部が反映されとるもんや。せやからオレはいつも人を見て、人の心を考えるようにしとる」  偉そうに語っているという自覚はあった。だが自分は元々見栄っ張りだ。それが好意を持つ相手なら尚更カッコつけたくなるのも当然だろう。 (――え……、)  今自分が考えたことに大きく心臓が跳ねた。  急に黙り込んだ勇士郎を、温人が不思議そうに見る。 「どうしました?」 「あ、いや……」  慌ててグラスのワインを飲み干す。ふわあーっと顔が火照って、なんだか目に膜が張ったみたいにクラクラしてきた。 「ユウさん?」 「いや、……なんや、オレの話ばっかで、つまらんことない?」 「え、なんで、すごく面白いです」 「そ、そぉか?」 「でも、ユウさんの話も聞いてみたいです」 「オレの話? しとるやんか」  意味が判らなくて首を傾げる。 「いや、そうじゃなくて、ユウさん自身の話というか。あなたは俺によく喋ってくれるけど、あなた自身のことはあまり話さないんだなぁと思って」  勇士郎はハッとして思わず温人を見つめた。 「ユウさんの名前の由来とか、好きな食べ物以外のことも聞いてみたいなって思ったりもします。あ、もちろん無理にとは、言わないですけど、」  温人は何気なく言ったつもりかもしれないが、勇士郎は温人の鋭さに内心舌を巻く。  確かにこういう仕事の話や雑談なんかをするのは苦にもならないが、自分自身のことを語るのはあまり得意ではなかった。それよりは、相手を話題の中心に据えることの方が圧倒的に多いと思う。その方が自分にとってラクだからだ。  温人は一見ぼんやりとしているようだが、実はとてもよく人を見ているのだと気付く。  それが他の人間だったら負担に感じただろうが、何故か温人に自分のことを見抜かれるのは嫌ではなかった。むしろ気持ちがラクになるような気さえする。  それは温人が曲がったものの見方をせずに、そのものをありのままに見ることができる男だと感じるからかもしれない。  勇士郎は自分のグラスになみなみとワインを注ぎ、それをまた半分ほど飲んだ。 「ほな喋ったろかー。オレはこれでも剣道やってたんやで。ウチの親父、(つよし)いうんやけど、…フフッ、凄ない? 豪って。どんだけ強いのが好きやねん」 「ユウさん? …ちょっと酔ってるでしょ」  温人が心配そうに言うのがなんだかおかしくて、わくわくするような楽しい気分になる。 「酔ぅてへんわー、んでなー、ウチの豪がな、男子たるもの言うて、無理やり剣道習わせてん、オレに。そんなんやりたなかったけど、うち一人っ子やし、その分、期待も大きかったんやろ? しゃあないわなー、頑張って竹刀振ったった。あははッ……、ん? あれぇ~」  竹刀を振るフリをしたら、身体が急にぐらぐらと揺れ出した。 「ユウさん…、もしかして、すごく酒に弱いんじゃ?」  さりげなく支えてくれる腕を払って、勇士郎はまたグラスの残りを飲み干す。 「弱ない! オレは強いんや! せや、自分左利きなんやろ、腕相撲しよや、な? オレ右利きやから、右やったら勝てるかもしらん」  ほれ、と言ってユラユラしながら目の前のローテーブルの向かい側に移動し、右肘をつく。 「ユウさんが勝つと思いますよ、昔試合で右手首骨折してるんで、あんまり強くないと思うし」 「え……、ほんなら、まだ痛いん……?」  心配になって眉を顰めると、温人はそんな勇士郎を優しげに見つめ、同じようにテーブルに右肘をついてくれた。大きな手がぎゅっと勇士郎の酒で火照った手を握る。 「今はもう全然痛くないですよ」 「ほんまに?」  首を傾げて尋ねると、温人は目を細めて笑った。 「はい」 「ほな行くで? ええか」 「いいですよ」 「よーし! レディーー、ごうっ」  勇士郎が合図してファイトが始まる。  力は拮抗しているかのように見えたが、十秒ほどして温人を見ると、まったく力む様子もなく楽しそうに勇士郎の顔を見ている。  えっ、と思った瞬間、もの凄い力で呆気なく勇士郎の手の甲がガラステーブルに触れた。 「ああーー、うそついたぁ! 弱ないやんかぁ、うそつきやあぁ~~!」  立ち上がり飛びついていってポカポカと温人の胸を叩くと、温人は笑い声をあげて、勇士郎を優しく抱き留めてくれた。大きな身体に触れるとなんだかとても安心する。 「温人ウソつきや~最初っから勝つのわかっとったんやろ~、オレがちっこいからかぁ~」  温人の胸に真っ赤に火照った顔を擦りつけると、温人がなおも楽しそうに笑った。  それが嬉しくて勇士郎は文句を言いながら、ぐずぐずと大きな腕のなかで甘える。  ちょっと…、可愛すぎるよ…、と小さく聞こえた気がしたが、勇士郎はあまりの心地よさにうっとりとして、フワフワした気分のまま、いつのまにか温人の腕のなかで眠ってしまった。   

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