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【6】突然の訪問者②
しばらく二人は無言だった。逞しい胸に頬を寄せてじっとしていると、温人は大きな手で勇士郎の髪や薄い背中を、そっと撫でてくれる。優しく触れられるたびに、温人を慕わしく思う気持ちがますます募って行ってしまいそうで、勇士郎は温かい腕の中でひっそりと切ない溜め息をついた。
「ユウさん…、もう眠い?」
「ううん、温人は?」
「眠くないです。なんか寝るのがもったいない気がして」
その言葉に、トクン、とまたひとつ勇士郎の胸が鳴る。温人はあまり自発的に喋る方ではないが、たまに放つ一言が、いちいち勇士郎の心を甘く揺さぶるのだ。
「ほな、なんか話しよか…、思い出話とか」
「思い出ですか」
「うん。……温人は、どんな子供やったん?」
「俺ですか、俺は…、静かな子供だったと思います、たぶん」
「うん、そんな気ぃする」
「両親が店で忙しかったから、あんまり構ってもらうこともなかったし、よく独りで絵本とか読んでました」
「絵本かぁ、そうなんや。……そういえば、似顔絵、あれからまた増えたん?」
「いえ、今はもう。ユウさんにああ言って貰ってから、自分でもなんか納得できたというか、これでいいんだなって。いつも忘れないで、二人の顔を思い出していればいいんだなって、思えたんです」
「そぉか」
「はい。…ありがとうございます」
勇士郎はちいさく首を振った。きっと勇士郎のほうが、温人に助けて貰っていることは多いだろうと思う。
「いつか、ユウさんを案内したいです。俺の住んでた所の近くに綺麗な渓谷があって、よく近所の友達と遊びに行ったりもしました」
「そうなん? 連れてってくれるん?」
「はい、紅葉の時期とかは、ほんとに凄く綺麗なのでユウさんに見せたいです」
「楽しみにしとる」
「はい」
「……オレは、本当に小さい頃は、割と友達は多かってん。でも中学入った頃から、自分は人とちゃうんやなって思って、……前に話したけど、嫌なこともあったし、それからはあんま人とつきあうんが好きやなくなってん」
「……」
「まあ、大人になってからは、表面上ではうまく人とつきおうとるけど、でもやっぱ今でもちょっと苦手やな。……でも温人は別やで。温人はなんでか知らんけど、初めっから話しやすかったんや」
「ほんとですか。嬉しいです、すごく」
裏表のない言葉に、勇士郎は安らぎを感じると同時に、どこか焦燥めいた感情も覚える。
「温人って、結構モテるやろ」
「え、そんなことないですよ、全然」
「ウソやな。温人はたぶん、天然の人たらしや」
「なんですか、天然の人たらしって」
「気付かへんうちに、みんな温人を好きになっとると思う」
「そんなこと、初めて言われました」
「別れたいう彼女も、実はまだ温人のこと好きやったりして」
何気なく言うと、勇士郎の背を撫でていた温人の手が止まった。
「なんでそんなこと言うんですか」
「ごめん、…気ぃ障った?」
「別に、そんなことないですけど。……彼女とはもう、ほんとに終わってるので」
「うん、ごめん」
まるで嫉妬する女みたいな自分の発言に、今更恥ずかしくなってくる。
すっかり黙ってしまった勇士郎をあやすみたいに、温人はまた勇士郎の背中を何度か優しく撫でたあと、静かにおやすみなさい、と言った。
数日後、温人が受けた面接の結果がもたらされたが、内容は不採用だったらしい。
勇士郎はどう言って励ませばいいか判らず、なかなか言葉をかけられなかったが、当の温人はさほどショックは受けていないようだった。
「多分、俺の表情に出てたんだと思います。ためらってるのを見抜かれたのかなって」
「ためらってる?」
「はい、……迷ってることがあって。今まで経験のある職種をただなんとなく選んで応募してたんですけど、それでいいのかなって」
「ふうん、なんかやりたいことあるん?」
「考えてることはあります。……でも、自信がなくて」
「やる前から自信あるやつなんかおらんやろ。温人がほんとにやりたいことやったら、やってみたらええんちゃう?」
「はい、……そうですね。ユウさんと話してると、なんだか大丈夫な気がしてきます」
温人は何かを確かめるみたいにジッと勇士郎を見て、それから何かを言い掛けたが、結局何も言わず、ご飯、作りますね、といってキッチンへ入って行ってしまった。
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