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【8】もう一度踊るために③

 十一月に入ってから、オンエアが一月に決まったと河合プロデューサーから連絡があった。 『今までで最高の照りツヤ出てたよ』という(おそらく)最高の賞賛の言葉が、勇士郎に力を与えてくれた。  勇士郎は礼を言って電話を切ると、温人に、今まで伝えられずにいたレコードのお礼と、「温人に観て欲しい」というメッセージを添えて、オンエアの日時を知らせるメールを送った。  それから数日後には、無事クランクインしたとの連絡を受けた。あとはもう、オンエアを待つだけだ。  次の企画に取り掛かりながら、勇士郎は静かな秋の日々を過ごした。  夜は時々、温人が置いて行った『愛の讃歌』を聴きながら、少しだけワインを飲んだりして、眠るまでの穏やかな時を過ごす。  ソファの上で目を閉じていると、すぐ隣に温人がいるような気がした。温人、と呼んで、返って来る声を思い出しながら微笑む。  寂しかったけれど、必ずまた逢えると信じているから、悲しくはなかった。  大晦日の夜、思いがけず大阪の実家から電話があった。ぼんやり紅白を見ていた勇士郎は、携帯の画面に出た「実家」という文字に驚いて、思わずソファの上で正座をしてしまう。 「は、はい」  緊張でかすれる声で応答すると、しばしの沈黙ののち、大きな声が耳に飛び込んで来た。 『高岡勇士郎さんですか!』 「は、はい! ……?」 『俺や、俺』 「え、――親父…?」 『せや、おまえ今どこにおるんや』  何もかもが突然で、勇士郎は軽くパニックになる。 「え、オレ…が住んどるところ?」 『せや、どこにおるんや』 「千葉やけど」 「千葉か!」 「うん」 『千葉はええところか?』 「ええとこって、……うん、まあ、ええとこやよ。親父、ちょっと酔うとる?」 『うん、まあ、ちょっと飲んどる』  また一瞬、沈黙が落ちる。父親と言い合いをしてから今日まで、六年あまりの空白がある。それゆえ何を話していいのか、まったく判らない。 『おまえ、幾つになったんや』 「オレ? 三十二やよ。今年の六月で三十二になった」 『そうか、三十二か。六月十一日やな』 「そうや、六月十一日や」 『……』  「親父、あの、」  『メシは食えとるんか』  ハッとして、勇士郎は携帯を強く握る。それが訊きたかったのだろうか。 「……うん、…うん、ちゃんと食べとるよ。――親父、……あの、…ごめん」  六年間、言えなかった言葉が、素直に飛び出した。自分の選んだ道が間違っていたとは思わないが、心配をかけたことは確かだ。父がどう思っているのかが怖くて、今までずっと考えないようにしてきた。 「心配かけて、ごめん」  勇士郎がもう一度、きちんと言うと、電話の向こうで少し口ごもるような気配があり、そのあとカタン、と音がして電話の受話器が置かれたのが判った。 『弥和(みわ)ー、勇士郎から電話や!』  自分からかけておきながら、母に向かってそう叫ぶ声を聞いたとき、勇士郎は胸が熱くなって泣き笑いをした。  はいはいはい、というのんびりした声が聞こえて、再び受話器が取り上げられる音がした。 『勇ちゃんか?』 「うん、勇士郎や。ご無沙汰してます」 『なんや、大人みたいな挨拶して』  母がコロコロと笑う。ああ、そうだったと勇士郎は思った。頑固で武士気質な父親とは正反対の、おっとりしたこの母親に勇士郎はいつも助けられていたのだと思い出す。  今更ながら、六年も連絡をせずに心配させたことを、心から申し訳なく思った。 「ごめん、長いこと連絡せえへんで」 『ほんまやわ、まあ、あんたのことやから、そない心配はしてへんかったけど。ちゃんと食べとるん?』 「うん、食べとるよ。仕事もちゃんとしとる」 『それはよう知っとるよ。あんたのドラマはみんな観とるで』 「え、ほんまに?」 『ほんまや。お父さんなんかなあ、自分の部屋用に、小さいテレビ買うたんやで。あんたのドラマ、こっそり録画して、独りで観てはるわ』 「えっ、ウソや……」  ドキン、と心臓が跳ねた。まさかあの親父が、と心底驚き、それからジワジワと喜びがこみ上げて来る。 「知らんかった…、親父が観てくれとるなんて」 『ああいう人やから、口が裂けても言わんやろ』  母がまた楽しそうに笑った。 「こ、今度な、一月にドラマやるんや。オレが書いたやつ。初めてのオリジナルや」 『知っとるよ。お父さん、テレビ番組の雑誌買うてきて丸つけとったわ』 「えー、ほんまに?」  感動が頂点に達する。 『だって、あの人、辰己鏡子の大大大ファンやもん。せやから嬉しゅうて、我慢できんようなってかけたんやろ』  意外な種明かしをされて、ちょっと微妙な気持ちになったが、応援してくれていることには間違いがなさそうなので、勇士郎は何度も礼を言い、必ず近いうちに帰省すると告げて電話を切った。  この仕事をやっていて良かったと、改めてしみじみ思いながら、同時に、大切な家族をなくした温人のことを思い、胸がズキリと痛んだ。  今、この夜を、温人はどんな風に過ごしているのだろう。祖父母と一緒に紅白でも見ているのだろうか。  温人が寂しくしていなければいい、と勇士郎は思う。  

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