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幸せな記念日③
「あ、あの……。り、律仁さん……」
首筋にキスを落としてくる律仁さんの顔を優しく両手で退かす。少し残念そうに眉を下げている律仁さんに心苦しくなったが、渉太は「一度、座ってもらえませんか?話さなきゃいけないことがあって……」と告げると律仁さんは静かに向かいの椅子に座り直してくれた。
「渉太、どうしたの?」
僅かに懸念が伺える彼の表情に根負けしそうになるが、渉太はテーブルの上で拳を握って顔をあげると彼の目を見て話す。
「あの……。律仁さんにちゃんと聞いてもらいたいことがあって……。この間のキャンプの時、律仁さんは俺に海外に着いて来て欲しいって言っていた返事なんですけど……。あれから俺なりに考えて答えを出したんです」
これ以上、悲しそうな姿は見たくはないが、自分の正直な意志はちゃんと伝えたい。
「……やっぱり俺、律仁さんと一緒に行くことはできないです。すみません……」
渉太は深々と頭を下げる。きっと律仁さんは一緒に行くことを望んでいたことが分かっているからこそ、頭をあげるのが怖かった。両眼を強く瞑り、唇を噛みしめて律仁さんからの返事を待っていると、「そっか……。渉太、頭あげてくれる?」と向かいから優しい声が聞こえてきた。ゆっくりと首をあげて、彼の顔を見ると案の定どこか、悲しそうなに瞳を揺らしていた。
「どうしてか、理由を聞いてもいい?」
両手を上で組んで問うてくる彼も不安であるのだろう。それでもちゃんと理由を聞こうと渉太と向き合ってくれることに感謝しかなかった。
「俺、ちゃんと律仁さんを支えられるような大人になりたいんです……。だけど、律仁さんに着いて行ったら自分がどうしたらいいか見失ってしまうような気がして……」
「そんなことないよ?渉太は出会ったことよりしっかりしてるし、自分を持っているから見失うことなんてない。それに向こうで暮らした方が渉太と一緒に堂々と街中を歩くこともできるんだよ?」
きっと律仁さんなりの必死の説得なのだろう。右手が彼の両手によって包まれる。それほどまでに愛されている事実は嬉しいけど、変わらないままでは渉太自身が納得いかない。
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