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交換条件と威嚇⑦
争って欲しいわけじゃない。エドは良い奴だし、屋敷を勝手に抜け出したのも、エドに着いてきたのも俺の意思だ。だから、ダリウスは俺に怒るべきなのに。
「やめろよ!勝手に抜け出したのは俺が悪かった。原因は全部俺なんだから怒るなら俺に怒れよな!」
二人の間に割り込むと、エドを庇うようにダリウスの前に両手を広げて立つ。
一瞬悲しげな表情を浮かべたダリウスが、目の前まで歩いてくると突然抱きしめて来て驚く。
「心配したんだよ」
絞り出したような声。少し震えているような気もする。
「お小言は帰ってから聞くから」
背を撫でてやると、落ち着いたのかダリウスは俺を抱きしめたまま顔を上げた。
「失礼させてもらう」
「過保護過ぎるのも良くはないよ」
「余計なお世話だ」
エドと言葉を交わしていたかと思ったら、突然身体が浮いて、横向きに抱えられてしまう。そのまま歩き始めるから、恥ずかしくて思わず降ろせと抗議する。でも、聞き入れて貰えず屋敷までその体勢で連れていかれてしまった。
部屋に連れていかれると、ようやく降ろしてもらえた。恐る恐る顔を見れば、困り顔を浮かべたダリウスと目が合う。怒っていると思っていたから、この表情は意外だ。
「屋敷で大人しくしていると約束したよね」
「うっ……その、ごめん」
エドたちにも悪いことしちゃったし。
手が伸びてくる。抱きしめられるかもって思った瞬間、やっぱり強く抱き寄せられてしまった。まるで存在を確かめるように、首元や頬に擦り寄ってくるダリウス。
(なんか犬みたいだな)
そっと頭を撫でてやると、一瞬肩が揺れたあとに大人しくなった。短めの黒髪を優しくといてやる。
「……クリスもよくこうしてくれた」
「俺はクリスじゃないけどな」
「…………そうだね」
全然離れてくれないから、ひたすら頭をよしよしし続ける。もっと甘やかしてやりたい。そう思うのは、あまりにもダリウスが弱々しく見えるからかもしれない。
「勝手に居なくなったのは悪かったけど、そんなに心配しなくても平気だ」
でも、ここはハッキリ伝えとかないとな。
「毎日心配ばかりだよ。お風呂で溺れていないか。眠っているときうつ伏せに寝てしまって呼吸停止していないか。ご飯を食べるとき喉に食べ物をつまらせないか。転けて頭を打たないか。すべての可能性を念頭に入れている」
「いや、ごめん。それはかなり気持ち悪い」
思わず素が出てしまった。これは過保護の域を超えてるな。てか、そもそも俺の居場所はどうやってわかったんだ?
「俺の居場所はどうやって突き止めたんだよ」
「追跡魔法だ」
「って、やっぱりかけてたのか!!!」
油断も隙もないな。ほぼストーカーだろ。
「君にはかけていない。マントに予め追跡効果を付与しておいたんだ」
「俺にかけてるのとかわんねーよ!」
こいつのストーキング行為にいちいちツッコミ入れてたらキリがない。ため息をこぼすと、ダリウスが微かに俺から離れて、顔を覗き込んできた。
「ところで、ずっと気になっていたのだけれどその装備はどこで手に入れたんだい?」
「ああ、これか。エドがプレゼントしてくれたんだ。格好いいだろ!この装飾模様が好みでさ〜」
ダリウスから離れて両手を広げ、装備を見せびらかす。クルクル回りながら、装備を褒めちぎっていると、突然腕を捕まれて、動きを止められた。
「今すぐ脱いで」
「はあ?またわけわかんないこと言いやがって」
「それはエド王子から贈られた物なのだろう?そんな物を着てはいけない」
「えっ、ちょっ!?」
脱がされそうになったから慌てて拒否する。そうしたら、ダリウスが怒りを含んだ瞳で睨みつけてきた。勝手に外出したことにすら怒らなかったのに、装備をプレゼントされたくらいで、こんなに怒るなんて……。
「離せって!突然なんなんだよ!」
「クリス。君は彼と関わるべきじゃない」
またこの目だ。
俺を見ていない。こいつは今、俺じゃなくてクリスを見てる。ダリウスがどうしてこんなに怒るのかはまったく理解出来ない。だからこそ、その瞳で見つめられることが嫌でたまらないんだ。
「うるせえ!子供じゃないんだから交友関係は自分で決めるし、決められる!」
「駄目だ」
壁際に追い詰められて、両腕を押さえつけられた。
鼻がくっつく距離にダリウスの顔。睨み返すと、目の前の眉間にシワが寄るのがわかる。
「エドは俺の友達だ。お前に止められたって、一人でギルドにも商店にだって行くし、エドとも交友関係は続けるつもりだ。お前にどんな事情があるのかなんて、知るわけないんだからな。俺はクリスじゃないんだから」
「……そうだね。クリスは死んだ。君の言う通りだ」
目を伏せたダリウスが、俺から離れる。背を向けて部屋から出ていくのを見つめながら、寂しそうな背中だって思った。
「くそっ、あんなこと言うつもりじゃ……っ……」
出かけたこともあり疲れているのか目眩が起きて、壁に手をつく。眉間に指をあてて揉みながら、大きく息を吸って吐き出した。
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