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お出かけしよう④
土地勘がないから、少し街を離れるだけでどこにいるのかもわからなくなる。
「まさかこの先に行く気かい」
「そうだよ。そのために君達を呼んだんだから」
エドの言葉に黙り込むダリウス。エドもジェイデンも少し暗い表情をしている気がする。理由がわからないまま先へと進み続けると、小道を抜けて大通りへと出た。馬車も余裕で通れそうなくらい広い道だ。よく見ると、道の端に大小様々な花束が置かれているのが見える。
前世でも事故が起こった道路とかでたまに見かけていた光景だ。
「ここって……」
エドがその花束の方へ足を引きずりながら向かう。
手に持っていた花束を地面に置くと、目を閉じて手を合わせ始めた。
「ここはクリスが亡くなった場所だ」
ジェイデンが教えてくれて、言葉を失う。
クリスが亡くなった場所……。
頭の中に映像が流れ始めた。微かな頭痛に眉間のシワを深める。これはクリスの記憶だ。
混乱する人々。馬車から人が出てきて、クリスの元へ近づく。見覚えのある顔……あれはエドだ……。大きな獣の咆哮。飛んできた尻尾を盾で庇ったクリスが必死に叫んでいる。
これは、事故の日の記憶なのだろうか。
「王族が祭事のために移動している最中、ドラゴンが隊列を襲う事件が起きたんだ。負傷者は出たものの、たった一人の犠牲者をのぞいて亡くなった者は出なかった。その犠牲者がクリスなんだ」
黙ったまま会話を聞いていたダリウスが、拳を握りしめたのが見えてしまって、眉を寄せる。どうしてエドはここに俺たちを連れてきたんだろう。
「……クリスは皆を守ったんだな」
断片的な記憶では、微かな情報しか得られない。でも、これだけははっきりとわかる。
あの花束を置いた人達は、クリスに助けられた尊い命なのだと。
ふいにダリウスが動いた。腰に指していた剣を抜き地面に突き刺すと、片膝を着いて花束の方に向かって頭を垂れる。
まるで騎士が大切な人へ忠誠を誓うように……。
または、謝罪をするかのように。
その光景をひたすら目に焼きつける。
「っ……」
先程よりも酷い頭痛が起きて、思わずその場に蹲る 。
また記憶が流れ込んできた。
「大丈夫か!?」
心配してくれる声が微かに耳に届くのに、返事をすることすらままならない。
『ダリウス。この遠征が無事に終わったら___しよう』
なんだ……。
これはクリスの言葉だ。遠征って祭事のことか?
言葉の一部分だけモヤがかかったみたいに聞き取れない。
「ツバサっ!!」
力強く鮮明な声で名前を呼ばれて、意識を引き戻された。顔を上げれば、心配げに俺のことを見つめているダリウスの顔が視界に映った。
「ダリウス……」
涙が溢れてくる。どうして俺は泣いてるんだ。
握られた手の温かさを、ただ肌で感じ、受け止める。
「気分が悪いのかい?薬を持ってきておいてよかった。シートもあるから少し横になろう。お腹は空いていないかな。軽食にサンドウィッチを持ってきたんだ。水もあるからね。動けないのなら俺が抱えていくから」
ノンブレスで過保護台詞が飛んでくる。思わず笑みがこぼれた。
この過保護さに心が救われた気がしたからだ。
クリスの記憶に呑まれてしまいそうだったのかもしれない。でも、ダリウスが引き戻してくれたから、正気を保てている。
「大丈夫だって」
立ち上がると、笑みを浮かべながら手を広げる。
「ほら、なんともないだろ?」
まだ少し頭痛がするけど、動けない程じゃない。
グルグル腕を回して見せると、ダリウスがくすりと笑みを零してくれた。
「良かった」
頬に唇が触れる。びっくりして猫みたいに飛び跳ねると、ダリウスが楽しげに喉を鳴らした。
「エドとジェイデンもいるんだぞっ!」
恥ずかしすぎて頬をごしごし擦る。油断も隙もあったもんじゃない。
エド達の方を見ると、微笑ましそうな目で見られてしまった。更に羞恥心が増す。
エドがこちらへと戻ってきて、俺の前で立ち止まった。
「君をこの場所に連れてきたかったんだよ。クリスにそっくりな君に知って欲しかった」
彼はクリスが命懸けで守った人なんだ。だから、ダリウスはエドのことを嫌っているのかな。
「実はエドに話していないことがあるんだ」
「話していないこと?」
俺がクリスの体に入っていることをエドとジェイデンには教えるべきだと思う。教えたところで、なにかが変わるわけではないのかもしれない。でも、知っていて欲しい。
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