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お留守番②
「催事のときドラゴンが襲ってきた話は覚えているよね」
「ああ、やっぱりそれと関係あるのか?」
「あの時期は丁度数百年に一度の龍春 の頃でね。メスドラゴンは産卵の時期で気が立っていたんだ。ドラゴンの卵は万能薬や装備の材料として殻から中身まですべてを使うことができる。それに、孵化させることができれば大きな戦力になるために、卵泥棒が急増していた。といっても、ドラゴンの巣から卵を盗むことなんて容易ではない。ドラゴンが住む丘には警備も敷かれていたからね」
「……もしかして」
一つの可能性が浮かぶ。
「想像の通りだよ。祭事の日は王族を守るために人員がそちらへ割り振られる。ドラゴンの丘を警備する衛兵は数人で、忍び込むことは容易だったろう。一人の冒険者が卵泥棒を成功させてしまった。隠密行動が得意なB級冒険者でね、ずっと所在が掴めていなかったんだ」
ダンジョンで見つけた骨は、その冒険者のものだったわけだ。きっと逃げるためにダンジョンに迷い込んで、そのまま亡くなってしまったんだろう。
「卵を盗まれたドラゴンは、我が子を探して大暴れしながら前進していき、祭事の行列と鉢合わせてしまった……。運が悪かったのは、その日はS級冒険者が全員他の案件で不在だったことだった。ダリウスはギルドから直々に指名されて、ゴブリンロードの討伐に赴いていてね……」
「……でも、ダリウスがドラゴンを倒したんだろ?」
エドが緩く首を振る。
「……三日だよ」
「え……」
「三日間、ライト騎士団長は応援が来るのを一人で耐え抜いたんだ。彼はドラゴンと自分を魔法結界に閉じ込めて、戦い続けてくれた。話を聞いてダリウスが駆けつけたときには、既に瀕死の重症を負っていたと聞いている」
クリスはどんな気持ちで戦っていたんだろう。クリスの元に慌てて駆けつけたダリウスはきっと、生きた心地なんてしなかったはずだ。
自分がいればって何度も後悔して、助けられなかった自分を責めて、そんな気持ちのまま長い月日を過ごしてきたのか……。
「……そんなの悲劇だ……」
「そうだね……。私はあの日、馬車の中に居たんだ。ライト騎士団長が声をかけてくれて逃げることができた。でも、そのときにドラゴンに足を踏まれてしまってね……。本当だったら死んでいたはずだった。でも、ライト騎士団長が庇ってくれたんだ。そのときに彼も負傷して……本当なら彼が負けるはずはなかったのに……。私のせいでライト騎士団長を死なせてしまったようなものだ」
澄んだ紫の瞳が俺越しにクリスを見ているのに気がついた。彼も後悔しているんだ。
クリスを置いて逃げてしまったことを……。謝りたくても謝罪する相手も居なくて、お礼すらも言えない。
ぐっと唇を噛み締める。
「今だけは、俺をクリスだと思ってくれ」
「ツバサ……」
一度大きく深呼吸をすると、口元に浅く笑みを形づくった。
「貴方のお話を私に聞かせてください」
記憶の中のクリスを真似てみる。きっとこれはクリスの身体を貰い受けた俺にしかできないことだから。そして、エドを過去から解き放ってやれるのはクリスだけだ。
悲惨な事件がなければ、クリスは今もエドのことを守っていたのかもしれない。でも、クリスが亡くなったことをエドのせいだとは思わない。
「……っ、ライト騎士団長。あの日のことを私は忘れられない……君を置いて逃げたことを後悔している。本当に、すまなかった……」
深く頭を下げたエドを見つめながら、。卓の上で固く握られた両手に手を添えてやる。小刻みに震えているのが伝わってきて、なんだか泣きそうだ。
「エド王太子様」
名前を呼べばエドが顔を上げてくれる。
「謝罪を受け入れます。貴方が無事でよかった」
きっとクリスならこう言うんだろう。それどころか、足を怪我させてしまったことを謝るのかもしれない。
「っ、ぅ……あぁ……」
ポロポロと涙を流すエドの手を何度も撫でてやる。俺にしてやれるのはこれだけだ。エドには後悔なんてして欲しくない。クリスも前を向いて歩いてくれることを望んでいるはずだ。
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