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お留守番④
訓練場には衛兵達の声が大きく響いていた。
「腕が下がっているぞ!」
その一番先頭に立ち、ジェイデンが指示を出している。いつもの気のいいお兄貴って感じは見受けられない。まるで別人だ。
俺達に気がついたジェイデンが衛兵に訓練を停止するように声をかける。
「二組に分かれて自主訓練をしておくように!」
指示通り自主訓練を初めた衛兵達を確認してから、ジェイデンがこちらへと近づいてきてくれた。
「こんな所まで足を運んでいただけるとは思ってもいませんでした。ツバサも、よく来てくれたな」
エドに礼をしてから、ジェイデンが声をかけてくれた。
「訓練場に遊びに行くって約束してたから、エドに頼んで連れてきてもらったんだ」
「嬉しいぜ。どうだ、手合わせでもしないか」
唐突な誘いに驚く。手合わせなんてしたことがないし、ジェイデンと渡り合えるなんて到底思えない。数秒立っていられればマシな方じゃないのか?
どうやって断ろうかと思案してみる。でも、期待の眼差しが痛すぎて、結局断れなかった。
「俺は強くないからな」
「大丈夫だ。手加減してやるから」
手加減されても絶対適わない気がするんだけどな……。
渋々練習場へと足を踏み入れる。人の目があるからマントは取れないし、邪魔だけど着ておくしかない。
練習用の木剣を渡される。練習場のど真ん中で見つめ合いながら、ふと、懐かしさに襲われた。ジェイデンとクリスも、よくこうやって手合わせをしていたんだろう。
騎士たちが俺とジェイデンを取り囲んでいる。緊張するけど、それもジェイデンの一言で飛散した。
「行くぞ」
木剣を構えたジェイデンが大きく踏み込む。
それをギリギリで避けると、微かに空いている背へと剣を振りかぶる。振り返ったジェイデンが難なくそれを防ぎ、足払いをしてきた。
飛び跳ねてかわす。空中にいる微かな隙を見逃さずに、ジェイデンが剣を突きつけてくる。背を反らして避けると、大きく剣を横に振った。
「なかなか避けるのが上手いじゃないか!」
「っ、ギリギリだっての!」
余裕そうなジェイデンに対して、俺は息が上がっている。いくらクリスの身体でも、実戦経験の差は埋められない。
「少し本気を出すぞ」
ジェイデンが呪文を唱えると、刀身に雷の膜のようなものがまとわりついた。魔法剣ってやつだろうか。
木剣を振り下ろされると、切っ先から雷が発生し俺の方へと襲いかかってくる。
(絶対死んだ……)
自身の木剣をなかば無意識のうちに盾のように前へと突き出す。衝撃に備えて目を固く閉じる。その一瞬、ダリウスが魔法を見せてくれた時のことを思い出した。
なにかが体内から溢れ出て木剣へと流れる。
青白い光が網膜に焼き付く感覚。
「……これはすごい」
ジェイデンの声に釣られるように目を開ける。そうすると、俺を守るように青白い防御壁 のようなものが発生しているのに気がついた。風圧でフードが取れていて、視界は良好だ。
ところなしか、周りの兵士たちが少しざわついている。
「なんだこれ……」
木剣もところなしか薄青色に発光している。
「クリスの得意とする守護の魔法だな」
ゆっくりと近づいてきたジェイデンが教えてくれる。
ドラゴンから皆を守ったときに使った魔法だ。クリスが力を貸してくれたのだろうか……。どうやって解くのかわからないけれど、凄く頑丈そうだ。
「これは敗れそうにないな」
「そうなのか?」
防御壁越しに会話する。防御壁に触れようとしたジェイデンの手が弾かれたのが見えた。
「俺の負けだな」
まさかの降参宣言に周りがどよめく。俺はもっと驚いていた。
こんな展開になるとは思っていなかったから、あまり状況が飲み込めていない。でも、勝てたことは素直に嬉しい。
「クリスとは孤児だった頃からの幼馴染でな。騎士団に入ったのもクリスに誘われたからだった。いつだってあいつの背は眩しくて、俺にとっては憧れだったよ。だから、ツバサが俺に勝っても驚きはしない」
一言一句にジェイデンの思いが込められているのがわかる。胸がいっぱいになって、少しだけ泣きそうだ。
「俺の中でクリスは過去も現在も含めて一番の騎士団長だった。その後釜を引き受けた以上は、誇れる男でありたいと思う。もっと高みを目指す。次は負けないからな」
防御壁越しに拳を差し出される。俺もそれに合わせるように拳を握りしめて突き出した。この思いがクリスに届けばいい。
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